フォーカシング・ニューマニュアルを読んでいるが、一息に読み終わるというわけには行かないつらい読書である。第8章にようやく入ったところ。貸し出し期限は既に過ぎている。
ワークブックになっているが、回答を見るだけで実際に手を動かして解いたりしない。体験がないからか、マニュアル的な記述は私の脳を素通りしていくようだ。
そこにある哲学が、わたしの中で育まれるように。(フォーカシング的な)内的な対話が促進されますように。そんな願いを込めて、フォーカシング書籍の読書を続けています。
その副作用は、世界をフォーカシング的に見てしまうことです。感動した言葉を、フォーカシングではこういうことね、などと素人が陳腐な解説をしていますみたいな感じになってしまう。芸術を貶めてしまう。
今年、いくつかワークショップなどに参加する予定です(本気)。
※このエントリーを書くことで、読書プロセスは推進したみたい。今週中には読み終わるかな~ワークシート
もできるだけ手を動かして取り組みたいです。
※最近注目しているブログ。神田橋先生の本をきっかけにフォーカシングに興味を持ったという医師のブログです。宣伝効果大な神田橋先生。先生がそんなにいいというなら試してみようという人は多いのでしょう。
※セミナーに合わせて読み終わるかなぁと思いきや、当日読んでいったのはカルロス・カスタネダの「時の輪」。帰りの電車でちょうど最後まで読み終わりました。マニュアルのワークシートをやっていけば、リスナーのときに活かせたのに(付け焼刃だからだめかなぁ)、私はからだひとつでセミナーを体験したかったのだと感じる。何の予備知識もなく。精一杯ついていく。リフレクションする。カウンセリングを受けていた頃、あんないらいらしたリフレクションを一生懸命やっていた今日の自分。より深く、からだごと世界に向かい合うのに、あなたは役に立ってくれますか。
翻訳ノートを投稿することを目的にこのブログを開設しました。それは、紙片に書き記したものを打ち込み、再構成し、自分で自分の訳出プロセスを見つめるメタ翻訳の作業になりました。他に、翻訳する作業自体を振り返るメタ認知的な日記、翻訳の合間に日本語や英文で読む文章のメモなどがあります。読書記録は、書評ではなく、読書プロセスを記録したものであり、必ずしも本の内容の適切な紹介となってはいません。
2010年2月17日水曜日
2010年1月24日日曜日
2010年1月13日水曜日
[講演録]ひとつの形より以上のものを持つとき
ジェンドリン,E.T.(2006,11月).ひとつの形より以上のものを持つとき、真実はより多くのものですが、それはひとつの形ではありません。[書き起こし].
基調演説、信頼と感情の心理学会議.ストーニーブルック大学,ニューヨーク.http://focusing.org/gendlin/docs/gol_2178.html[ページ1]
ひとつの形より以上のものを持つとき、真実はより多くのものですが、しかしそれはひとつの形ではありません。(仮訳題)
ユージン T. ジェンドリン,Ph.D.
基調演説、信頼と感情の心理学会議.
ストーニーブルック大学、ニューヨーク,11月17ー18日,2006年.
ジェンドリン: 私が期待していたよりもずっとよかったです。
[笑い]
ジェ ンドリン:さて、まず私はこれは私の通常の声ではないといいたいと思います。それはまだずっと戻ってきていません。私は手術から回復してきています。そし て私は実にいいのですが、あらゆることが正常化するのにひと間かかるでしょう。次に、私はちょうど今、ボブ・シャーフとほかの人々の後で、私は順境にある といいたいのです。それで、ともかく私が話すことは、いくらかリスクがあるのです。
[笑い]
ジェンドリン:もし私があなた方をがっかりさせたら、ボブや他の人が言ったことなら何であれ(かまいませんので)、すぐに戻ってください。
[笑い]
[笑い]
2010年1月11日月曜日
読んだ文書
アフガン救助隊員によるフオーカシングの利用:お風呂で読むのにちょうどいい長さだった。(しかし何というコメントだろう。)
追記:関連文書 (拙訳)
インタラクティヴ・フォーカシングの魅力と威力その可能性と今後:pdfの印刷設定でbookletにしたら、不思議な構成になった。切って束ねると本になるのだろう。インタラクティヴなフォーカシングが普通のフォーカシングとどう違うのか今ひとつ分かっていない。インタラクティヴでないフォーカシングがそもそも考えられないし。
追記:関連文書 (拙訳)
インタラクティヴ・フォーカシングの魅力と威力その可能性と今後:pdfの印刷設定でbookletにしたら、不思議な構成になった。切って束ねると本になるのだろう。インタラクティヴなフォーカシングが普通のフォーカシングとどう違うのか今ひとつ分かっていない。インタラクティヴでないフォーカシングがそもそも考えられないし。
2009年12月14日月曜日
「ジェンドリン哲学入門」2
第7章でイサドラ・ダンカンの自伝が出てきた(325, 327, 330, 333∼336, 343以降も)。邦訳はおろか原著の掲載もなく、ジェンドリンが引用していたというだけ。この本は、日本で精神世界の翻訳で有名な山川紘矢・亜希子夫妻が(そういえば奥さんが主体になって)訳しているものではないだろうか。
翻訳出版記念パーティ?の二人のスピーチも動画で見たことがある。図書館で偶然見つけた本を、のめりこむようにして読んだ記憶がよみがえってきた。この章を担当された村里先生は、前半の章でカスタネダに言及する(70ページ、注も)など、痒いところに手が届く。本当にツボを突いてくる。
夜中、ホットミルクを飲みながらカントの哲学書を読んでいたというダンカン。今でも、その自伝からわたしはインスパイアされています。
※その後、第8章も読了(09・12・15)。ミンデルにも言及される(ジェンドリンにミンデルという人を知っているかと問いかける話。)など、本当に痒いところに手が届き、本当に感激しました。
※その後、読了。わたしがこの本で時間があればしたかったのは、書き抜きノート、単語ノートの作成などです。複数の人が書いていますが、フェルトセンスと対話しながら、自分の感性どう響きあうかを感じ、味わいながら読むことができた。臨床家は個性が強く、簡単にお互いに解け合ったりしない(とくにその主張の根幹にかかわることについて)ところがあるし、同じ単語の(微妙な)表記の仕方の違い(たとえばimplyingの訳語の表記の本当に微妙な揺らぎ)は、対論を重ねた上でのそれぞれのギリギリの表現の仕方なのだと感じる。(もちろん本人に確認しなければわからないことでもあるけれど。)
翻訳出版記念パーティ?の二人のスピーチも動画で見たことがある。図書館で偶然見つけた本を、のめりこむようにして読んだ記憶がよみがえってきた。この章を担当された村里先生は、前半の章でカスタネダに言及する(70ページ、注も)など、痒いところに手が届く。本当にツボを突いてくる。
夜中、ホットミルクを飲みながらカントの哲学書を読んでいたというダンカン。今でも、その自伝からわたしはインスパイアされています。
※その後、第8章も読了(09・12・15)。ミンデルにも言及される(ジェンドリンにミンデルという人を知っているかと問いかける話。)など、本当に痒いところに手が届き、本当に感激しました。
※その後、読了。わたしがこの本で時間があればしたかったのは、書き抜きノート、単語ノートの作成などです。複数の人が書いていますが、フェルトセンスと対話しながら、自分の感性どう響きあうかを感じ、味わいながら読むことができた。臨床家は個性が強く、簡単にお互いに解け合ったりしない(とくにその主張の根幹にかかわることについて)ところがあるし、同じ単語の(微妙な)表記の仕方の違い(たとえばimplyingの訳語の表記の本当に微妙な揺らぎ)は、対論を重ねた上でのそれぞれのギリギリの表現の仕方なのだと感じる。(もちろん本人に確認しなければわからないことでもあるけれど。)
2009年12月13日日曜日
キャロライン・ブレイジャー「自己牢獄を超えて」 その2
「自己牢獄を超えて」にたくさん出てくる”Beyond Carl Rogers”という本に引かれて、著者の名前でGoogle検索してみた。動画がYoutubeで見られることはわかっていたけど、ブログからツイッター、Facebookまで出てきて興奮する。
当たり前といえば当たり前で、こうして勉強しようと思えば、(ネット上のリソースに限って言えば)無料で学ぶこともできる。しかし、こうした興奮は冷めて、私は継続してそれを探求していくかというとそうではないだろう。
自由だから、とらわれることなく、世界を見てみたい。私はアマチュアとして、いろいろな意味でプロフェッショナルな世界とは距離を置いていたい。何かに詳しいだけなのは専門何とかだ。だから私は抵抗を感じ、未成熟な心のまま、ふわふわと漂うのだろうか。
切ったら血が出る真人、妙好人、いや、「ただの人」として生きていく。
禅僧のように、いまいる場所で、重労働に身をやつし、清浄な食物を摂り、正しい精進をしていく。
(あ、これはいかんかも…。)
**
下書きに入れてあったものを久しぶりに開いてみた。
さて、冒頭に戻って、「Beyond Carl Rogers」はAmazonに表示される順番から言って、売れている本ではないのかも。キャロラインに、フェイスブックで、「あなたの本を翻訳で読みました。私はこのテーマの本を読みたいと思っています。どうもありがとう。」という意味のメッセージを送ってみた。
彼女自身の本では、最新作の"Other-centerd Therapy"があるけど、まだ翻訳が出ていない、夫の本は日本語になっているけれども…というお返事をいただいた。私は「自己牢獄を超えて」を訳した人の写真を見て、坊主になろう、出家しようと思うほど惹きつけられてしまった。
だから、機会があったら「フィーリング・ブッダ」 なども読んでみたい。大須賀先生由来の「東洋の智慧とカウンセリングをつなぐ」というテーマは、ずっと関心を持っていたことのはずなのに、仏教心理学を標榜した本は殆ど読まずに来てしまった。
最近「仏教心理学会」のホームページを見つけてから、上記のテーマへの関心が再燃しつつあるが、いろいろ読んでいる本もあるので、仏教心理学に手を伸ばすのは先延ばしになるだろう。ただ、仏教関係の本はちらほら読みすすめている。今は、チベットの「死者の書」関連を調べている。
当たり前といえば当たり前で、こうして勉強しようと思えば、(ネット上のリソースに限って言えば)無料で学ぶこともできる。しかし、こうした興奮は冷めて、私は継続してそれを探求していくかというとそうではないだろう。
自由だから、とらわれることなく、世界を見てみたい。私はアマチュアとして、いろいろな意味でプロフェッショナルな世界とは距離を置いていたい。何かに詳しいだけなのは専門何とかだ。だから私は抵抗を感じ、未成熟な心のまま、ふわふわと漂うのだろうか。
切ったら血が出る真人、妙好人、いや、「ただの人」として生きていく。
禅僧のように、いまいる場所で、重労働に身をやつし、清浄な食物を摂り、正しい精進をしていく。
(あ、これはいかんかも…。)
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下書きに入れてあったものを久しぶりに開いてみた。
さて、冒頭に戻って、「Beyond Carl Rogers」はAmazonに表示される順番から言って、売れている本ではないのかも。キャロラインに、フェイスブックで、「あなたの本を翻訳で読みました。私はこのテーマの本を読みたいと思っています。どうもありがとう。」という意味のメッセージを送ってみた。
彼女自身の本では、最新作の"Other-centerd Therapy"があるけど、まだ翻訳が出ていない、夫の本は日本語になっているけれども…というお返事をいただいた。私は「自己牢獄を超えて」を訳した人の写真を見て、坊主になろう、出家しようと思うほど惹きつけられてしまった。
だから、機会があったら「フィーリング・ブッダ」 なども読んでみたい。大須賀先生由来の「東洋の智慧とカウンセリングをつなぐ」というテーマは、ずっと関心を持っていたことのはずなのに、仏教心理学を標榜した本は殆ど読まずに来てしまった。
最近「仏教心理学会」のホームページを見つけてから、上記のテーマへの関心が再燃しつつあるが、いろいろ読んでいる本もあるので、仏教心理学に手を伸ばすのは先延ばしになるだろう。ただ、仏教関係の本はちらほら読みすすめている。今は、チベットの「死者の書」関連を調べている。
「フォーカシング(新しいイントロダクションを伴う再刊行物)」(2007年)
このブログで翻訳ノートを掲載してきた新しいイントロダクションを伴う再刊行物がこれです。画像がまだありません。アマゾンでは、ジェンドリンの著作の中では最下位にあります。まだまだこれからということでしょうか。
もともとのペーパーバック版は、それに引き換え最上位にヒットします。画像も載せられ、カッコいいです。しかも、以下のランキングを見てください。私は心理学にセルフ・ヘルプを求める人間なんだけど、まさに、心理学よりセルフヘルプの本として売れているといったことなんでしょうか。
| 洋書 > Health, Mind & Body > Self-Help > Personal Transformation | |
| 洋書 > Religion & Spirituality > New Age | |
| 洋書 > Health, Mind & Body > Psychology & Counseling |
※これからの予定として、ちょっといい加減の嫌いのあった上記の和訳を見直してみるというのもあります。
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