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2010年1月13日水曜日

[講演録]ひとつの形より以上のものを持つとき

ジェンドリン,E.T.(2006,11月).ひとつの形より以上のものを持つとき、真実はより多くのものですが、それはひとつの形ではありません。[書き起こし].
基調演説、信頼と感情の心理学会議.ストーニーブルック大学,ニューヨーク.http://focusing.org/gendlin/docs/gol_2178.html
[ページ1]

ひとつの形より以上のものを持つとき、真実はより多くのものですが、しかしそれはひとつの形ではありません。(仮訳題)

ユージン T. ジェンドリン,Ph.D.

基調演説、信頼と感情の心理学会議.
ストーニーブルック大学、ニューヨーク,11月17ー18日,2006年.

ジェンドリン: 私が期待していたよりもずっとよかったです。

[笑い]

ジェ ンドリン:さて、まず私はこれは私の通常の声ではないといいたいと思います。それはまだずっと戻ってきていません。私は手術から回復してきています。そし て私は実にいいのですが、あらゆることが正常化するのにひと間かかるでしょう。次に、私はちょうど今、ボブ・シャーフとほかの人々の後で、私は順境にある といいたいのです。それで、ともかく私が話すことは、いくらかリスクがあるのです。

[笑い]

ジェンドリン:もし私があなた方をがっかりさせたら、ボブや他の人が言ったことなら何であれ(かまいませんので)、すぐに戻ってください。

[笑い]

ジェンドリン

[笑い]

2009年11月8日日曜日

019(fin.)_Introduction. In Focusing

Introduction. In Focusing 019

わたしの時間じゅう、わたしはある一続きの時間沈黙しています。そして私はときどき話します。私は言いたくないことは何も話さない。はるか内側から話すことが、私に私自身の声に耳を傾けさせ、受容的な相互作用の中でつながって生きさせるのです。

During my time I am silent for some stretches and I speak some of the time. I say nothing I don't want to say. Speaking from far inside lets me hear myself and live connectedly in a receptive interaction.
during O:
some of the time:
let O V':
listen, hear

Gendlin, E.T. (2007). Introduction. In Focusing [Reissue, with new introduction]. New York: Bantam Books. From
http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.html


Introduction. In Focusing 020
パートナーたちはアドバイスも、判断も、あるいはコメントも与えません。彼らは「私が思うに、あなたが言っているのは・・・」と返してただチェックするために何かを繰り返すかもしれません。しかし彼らはついていくことができないときに言うだけでよいのです。私はそれで私の言ったことを言い換えることができるのです。しかし私のパートナーは、私の意味するもののそれぞれのひだ(輝き)をつかみたいと思って、細心の注意を払うでしょう。

Partners give no advice, judgments, or comments. They may repeat something back just to check: "I think you are saying .....". But they need only say when they cannot follow, so that I can rephrase what I said. But my partner will pay close attention, wanting to grasp every wrinkle of what I mean.

judgment: eが落ちている
need:助動詞
*色違いは再生する際の誤字・脱字


Gendlin, E.T. (2007). Introduction. In Focusing [Reissue, with new introduction]. New York: Bantam Books. From
http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.html






Introduction. In Focusing 021
通常のフォーカシングパートナーシップは、人の人生を大きく改善します。私は自分のものなしでしたいと思わないでしょう。実際、私は二つ持っています。私は私の時間をフォーカシングのためか何か私の望むどんなもののためにも用います。私の番が始まると、私はそれがどのように招いているのか―、
それは私のためにあるのですが、感じます。私は私が望むものを知っている、あるいはスキャンして数分を使うかもしれません。私はこう思います「私はこれを話すかもしれない…、あるいは多分あれ(を)…、いや、できればまずフォーカシングして…」私はそれらのもののどれでも持つことができました。

A regular Focusing Partnership improves one's life immensely. I would not
want to do without mine. In fact, I have two. I use my time for
focusing or for whatever I wish. When my turn begins I feel how
inviting it is—it is just for me. I might know what I want, or
spend some minutes, scanning. I think: "I might talk of this..., or,
perhaps that..., well, perhaps first focus quietly..." I could have any
of those things.


我々はフォーカシングと傾聴、そしてフォーカシングのやり方で聞かれる経験についての数時間の電話訓練を提供します。それからあなたはウェブ上の共同者(パートナーシップ)プールから一人のパートナーを選ぶことができるのです。


We provide a few hours of telephone training in focusing, listening, and the experience of being listened to in a focusing way. Then you can select a partner from our Partnership Pool on the Web.




フォーカシングで、人は我々の前にいる人間が、いかなる技法、信仰・目的・プロジェクトの、いかなる集団より以上のものであることを知るのです。我々はいつもより重要なもののために我々がするどんなことも制限します。彼らがどんなことに直面していようとも、人々を慎み深い(遠慮がちな)仲間にしておくのです。人々にただ我々の素朴な存在を与えることは、彼らに存在させ、息をつかせるのです。我々は彼らが、何とか伝えようとしているもののために聞き、そしてほかの何も付け加えません。それは最小の押し付けを伴う最大限の接近を促進するのです。



With focusing one knows that the human being in front of us is more than any method, any set of beliefs, purpose, or project. We limit whatever we do for the sake of what is always more important: keeping people unobtrusive company with whatever they are up against. To give people
just our simple presence lets them be and breathe. We listen for what they mean to convey, and add nothing else. It makes for maximal closeness with minimal imposition.

※パラグラフごとにドキュメントを新規作成するのが面倒になって、ページ区切りを入れて訳を追加して行った。(トレーニングのために)和訳から英文を再生してみるなどを省いている。そういう作業を通して二重三重に訳文をチェックしていたのだが・・・。

017~018_Introduction. In Focusing

Introduction. In Focusing 017
For a while it seemed that just expressing our feelings would help our close relationships. Just blurt everything out. But, what the other person hear can be so very different from what you meant to say, and sometimes hurtful. Similarly, we often react in ways that shut the other person down.


しばらくの間、ただわれわれの感情を表現することはわれわれの親しい関係を助けるだろうと思 われました。ただすべてを吐き出すこと。しかし、他者が聞くことはあなた方が言おうとしていることからとても大きく異なり、時々有害である可能性がありま す。同様に、われわれはしばしば、他者を締め出すように反応します。


しばらくの間、ただわれわれの感情を表現することはわれわれの親しい関係を助けるだろうと思われました。
For a while it seemed that just expressing our feelings would help our close relationships.
seem (that):


ただあらゆることを不用意に漏らす。
Just blurt everything out.
blurt: 命令形?


しかし、他者が聞くことはあなた方が言おうとしていることからとても大きく異なり、時々有害である可能性があります。
But what the other person hears can be so very different from what you meant to say, sometimes hurtful.
hurtful:


同様に、われわれはしばしば、他者を締め出すように反応します。
Similarly, we often react in ways that shut the other person down.
shut O down:
締め出す:shut O out

ジェンドリン,E.T. (2007).導入(イントロダクション),フォーカシング[新しいイントロダクションを伴う再刊行物]. ニューヨーク:バンタムブックス 
http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.htmlから

Gendlin, E.T. (2007). Introduction. In Focusing
 [Reissue, with new
introduction]. New York: Bantam Books. From
http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.html


Introduction. In Focusing 018
セラピストは、彼ら自身の、彼ら自身に最も近い人々よりもずっと簡単に、クライエントの話を聴くことができます。親しい人々とともに、人が聞くそれぞれの小さなことで、人の人生全体は上ったり沈んだります。しかし、人々はクライエントに変化と癒しの段階の生じる、より深いレベルまで平和に同伴することができるのです。そのときクライエントはずっとより深くそして自由に彼ら自身の親しい人々にかかわることができるのです。フォーカシング共同体の新しいパターンは、セラピーの長所をあらゆる人に利用可能にします。フォーカシングパートナー(共同者)は何も費やしません。あなた方は交代でするのです。この新しい団体(機関)は社会の分散化を変えているのです。

Therapists can listen to clients much more easily than to their own people who are closest to them. With close people one's
whole life rises or sinks with each little bit one hears. But one can peacefully accompany clients to deeper levels where the steps of change and healing come.Then the clients can relate much more deeply and freely to their own close people. The new pattern of Focusing Partnerships makes this advantage of therapy available to everyone. A Focusing Partner costs nothing. You take turns. This new institution is changing the atomization of society.

セラピストは、彼ら自身の、彼ら自身に最も親しい人々よりもずっと簡単に、クライエントの話を聴くことができます。
Therapists can listen to clients much more easily than to their own people who are closest to them.
listen (vi.) to O    than (prop.)    my own people:

*親しい人々とともに、人が聞くそれぞれの小さなことで、人の人生全体は上ったり沈んだります。
With close people one's whole life rises or sinks with each little bit one hears.
one's whole life, rise, sink (vi.):

しかし、人々はクライエントに変化と癒しの段階の生じる、より深いレベルまで平和に同伴することができるのです。
But one can peacefully accompany clients to deeper levels where the steps of change and healing come.
同行する:accompany O to N: 〈人に〉〔~まで〕同行する

そのときクライエントはずっとより深くそして自由に彼ら自身の親しい人々にかかわることができるのです。
Then the clients can relate much more deeply and freely to their own close people.
then, relate to O:vi., one's own close people

フォーカシング共同体の新しいパターンは、セラピーの長所をあらゆる人に利用可能にします。
The new pattern of Focusing Partnerships makes this advantage of therapy available to everyone.
make O C to; advantage, available

フォーカシングパートナー(共同者)は何も費やしません。あなた方は交代でするのです。
A Focusing Partner costs nothing. You take turns.

この新しい団体(機関)は社会の分散化を変えているのです。
This new institution is changing the atomization of society.


ジェンドリン,E.T. (2007).導入(イントロダクション),フォーカシング[新しいイントロダクションを伴う再刊行物]. ニューヨーク:バンタムブックス 
http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.htmlから

Gendlin, E.T. (2007). Introduction. In Focusing [Reissue, with new introduction]. New York: Bantam Books. From
http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.html


2009年11月7日土曜日

タウンと人間的な注意☆★

*09/11/20 阿世賀先生のすでにブログの記事になっていることを知った。
私たちにとって大事なものは枠組み的思考によっては得られないということに気づかせてくれます。
ビジネスの世界で起こる不具合の半分以上が、適切な配慮の失敗に関係していることはよく知られています。適切な感心が必要とされており、関心の質を高めるためにお金が払われています。
ジェンドリンの論文は哲学に由来しているがために読みにくいとも言われるようだが、フォーカシング関係の文章の中ではやはりひきつけられる程度が断然高いと思う。 印刷したのはジェンドリンの文章だけではないが、最初に読み終えたの二つとも彼のものだった。タウンと人間的な注意(講演)に加えて、フォーカシングの展望 アクションステップとプロジェクト

ジェンドリンはこの文章(タウンと人間的な注意)の最後にこう述べています。「私たちはあきらめてはいけません。物事は変化しており、それはとても興味深く変化しているのです。「経済」にはまり込んだり、自分という人間が「神経学」から成り立っていると考えたり、人々が作り上げた素敵な分析ツールのひとつにとらわれてしまったりしなければ、私たちはその変化について考えることができます。」神経経済学にも言及している有名な経済評論家のことを思い浮かべてしまいます。

そして、「すべてを管理する立場にある人は、今はまだ枠組みで考えています。しかし、今物事があまりうまくいっていないからといって、希望をなくさないでください。それは変わりつつあります。」と講演を締めくくるくだりで、社会学でも、経済学でもない立場からの希望を表明し、人々を勇気付けるジェンドリンを見つけることができるのです。

2009年5月25日月曜日

フォーカシング:身体は内側から語る 23

But, there is where a person can say, "Oh!" Once you've learnd the place, then the object changes. It's no longer an emotion in a story. It's the whole damn thing together, the story and what happened and how I am and everything else that ever happened, all of my background and my animal-ness and my tissues, all of that together becomes a "Oh!" Becomes a "that." And then I am different. Then I am somehow changed. I'm in this larger space and I have this "that" here.

しかし、ひとが「おぅ!」ということのできる場所があります。いったんあなたがその場所を覚えたなら、その対象ものは変化します。それは、もはや身の上話の中にある感情ではないのです。 身の上話とか何が起こったかとか私がこのようである次第とかかつて起こった他のあらゆること、私の来歴(バックグラウンド)、私の動物性、私の組織のすべて、それは全部一緒にひどいものなのです。 そのすべてが一緒になってひとつの「オー!」 ひとつの「あれ」になるのです。そしてそのときは異なっている。そのときは何か変えられている。私はこのより大きな空間の中にいて、私はここでこの「あれ」を持っているのです。

1. But, there is where a person can say, "Oh!"
しかし、ひとが「おぅ!」ということのできる場所があります。

2. Once you've learnd the place, then the object changes.
いったんあなたがその場所を覚えたなら、その対象ものは変化します。

3. It's no longer an emotion in a story.
それは、もはやお話しの中にある感情ではないのです。

4. It's the whole damn thing together, the story and what happened and how I am and everything else that ever happened, all of my background and my animal-ness and my tissues.
それは全部一緒にひどいものなのです。身の上話とか何が起こったかとか私がこのようである次第とかかつて起こった他のあらゆること、私の来歴(バックグラウンド)、私の動物性、私の組織のすべて。
*damn adj. a 「《俗》とんでもない,ひどい」、-ness 接尾辞「(複合)形容詞・分詞などにつけて「性質」「状態」などを表す抽象名詞を作る」というから、animalは形容詞。訳は分からないけど。

5. All of that together becomes a "Oh!" Becomes a "that."
そのすべてが一緒になってひとつの「オー!」 ひとつの「あれ」になるのです。

6. And then I am different. Then I am somehow changed.
そしてそのときは異なっている。そのときは何か変えられている。

7. I'm in this larger space and I have this "that" here.
私はこのより大きな空間の中にいて、私はここでこの「あれ」を持っているのです。


*ほぼ訳出が終わったというのが勇み足であることが分かった。それから、行き詰まりの過程で、作業の効率化をすすめていることに気づいた。書き取りを面倒なことに思っている。パソコンに英文を打ち込む作業そのものが、英文の構造を指先を通して理解する手段になっているのを感じる。しかしそれは時と場合による。効率化は神経行動経済学も支持するだろう。合理化は避けられないというより奨励されるものであっていい。ただ、プロセスに注目してみると、合理化の奴隷になることができない自分、行き過ぎた合理化に体が抵抗している(ついていけていないのだ)ということに気づくのです。
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冒頭に英文と和訳を掲載したので不要となったまとめを削除した。Googleドキュメントにコピーして編集したものを、直接このブログに投稿した。順序は入れ替わってしまうがどうだろう。
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Googleドキュメントのリンクはこちら
文書そのものも、ブログに投稿してしまった。
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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
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Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html

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ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.

フォーカシング:身体は内側から語る 22

1. Since we are here, there are these capacities of the living things.
我々はここにいるので、生き物のこれらの能力があるのです。
*objectをさまざまに訳しているが、もはや統一する気にもならない。オブジェクトというカタカナでもいいが、それがどのような意味合いの日本語で表現できるかを、その文脈ごとに試みている。「対象」でも「もの」でも「客体」でも、すべてオブジェクトから来ていると、思い浮かべてもらえるとありがたい。それが甘えであるなら、英単語をその都度併記しよう。

2. And there is one more.
そしてもうひとつあります。

3. The body can give itself an object that is in a different space and in a different time.
身体は自身を、違った空間にあり、違った時間にある客体に与えることができる。

4. It can give itself an object of a situation, of a whole situation.
それは自身をある状況のある全体の状況の客体に与えることができるのです。

5. But this happens in a funny, different space.
しかしこれがおかしな、異なる場所に起こるのです。

6. It's a different space where that happens.
それが起こるのはある異なった空間です。

7. A person usually starts with a discomfort that's diffuse.
人は普通拡散したあるいやなこと[不快]と一緒に始めるのです。

8. Like, I'm angry and "Aaargh, gr-r-r-r-r.” 9. You know.
まあ、私は怒っている。そして「あぁぁー、グルrrrr」お分かりでしょう。

10. And it's hard to do anything with that.
それであれと一緒に何かをするのは難しいのです。

*訳したまま置いておくと、何時訳したものか分からなくなる。
*プロセスが大切とは言うが、目的は翻訳なので、最後に日本語にまとめることは考えておいてよい。こまめにまとめておくとか、日本語の校正を随時行うとか。
*スランプとか中断とか言うけど、その間何をやっても進まないというより、何もやっていないというほうが正確なのである。元気なときに筋トレのようにこなしていたメニューが捗らないのが元気がないとき。音読10回、見たいなメニューがしんどい。でも、そんなときの丁寧な音読一回は、何時にもまして重要なんだ。回数が問題なのではない。(回数も大事ではある)その質に目を向ける。とにかく行動する。そのときの一歩が、素読(そどく)であり、音読であり、訳読であり、書き取りであると思う。
*まとめ:22.我々はここにいるから、生き物のこれらの能力があるのです。そしてもうひとつあります。身体は自身を、違った空間にあり、違った時間にある客体に与えることができる。それは自身をある状況のある全体の状況の客体に与えることができるのです。しかしこれがおかしな、違った[異なった]場所に起こるのです。それが起こるのはある違った[異なる]空間です。人は普通拡散したあるいやなこと[不快]と一緒に始めるのです。まあ、私は怒っている。そして「あぁぁー、グルrrrr」お分かりでしょう。それであれと一緒に何かをするのは難しいのです。23.しかし、ひとが「おぅ!」ということのできる場所があります。いったんあなたがその場所を覚えたなら、その対象は変化します。それは、もはやお話しの中にある感情ではないのです。

フォーカシング:身体は内側から語る 22


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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
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Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html

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ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.

2009年5月24日日曜日

フォーカシング:身体は内側から語る 21

But there is now another level. The other level is where focusing comes from. The other level is that the body is capable of giving itself still another kind of object. I should have mentioned objects, but it's too complicated. At each level there are different objects. The world is not made of objects. The world is made of living interaction. And it has living things in it. They tell you the world is just burning gas, but that's only from the outside, observed by mathematics. From the inside, the world has us in it. The universe has us in it. And the universe is at least as much as a dog or a horse or you and I. It includes us, since we're here. They can't tell us we're not here, you know that much.

[Audience laughter.]


*日本語のまとめ(21):しかし、いまもう一つの段階(レベル,次元)があります。残りの段階はフォーカシングが生まれるところなのです。残りの段階というのは、身体が それ自身をさらに別の種類の対象へ与えることが可能であるものです。私は対象(objects)に言及するべきだったのですが、それは複雑すぎました。それぞれの段階で、違った対象があります。世界はものから作られるのではありません。世界は生きた相互作用によって作られます。そしてそれは内側に生きている物を含んでいるのです。それらはあなた方に世界はただ燃えるガスなのだと教えるのですが、それは単に数学によって観察した外側からのものなのです。内側からは、世界はその中に我々を含んでいるのです。宇宙はその中に我々を持っている。そして宇宙は少なくとも犬や馬やあなたと私と同じくらい多量です。それは我々を内包する。我々がここにいるからです。それらは我々に我々がここにいないということができません。あなた方はそれをもっとご存知でしょう。


[聴衆の笑い]

しかし、いまもう一つの段階(レベル)があります。残りの段階はフォーカシングが生まれるところなのです。
(1,2) But, there is now another level. The other level is (a place) where focusing comes from.
*レベルを次元と訳してしまうと誤訳なのだろうか。辞書的な「段階」を採用

残りの次元というのは、身体がそれ自身をさらに別の種類の対象へ与えることが可能であるものです。
3 The other level is that the body is capable of giving itself still another kind of object.

that説になっている意味は良くわかりません。「~というものなのです。」?
*the otherは「別の」ですが、このlevelは、複数のものの内の一つなので残りの、という日本語にしました。

私は対象(objects)に言及するべきだったのですが、それは複雑すぎました。
4. I should have mentioned objects, but it's too complicated.

*objectsは哲学用語(客体、客観)なのか、一般的な用法(もの、物体)なのかで訳語も変わってくるでしょう。*訳語の不自然さ

それぞれの段階で、違った対象があります。
5. At each level, there are different objects.


世界はものから作られるのではありません。
6. The world is made of objects.

*この一文で、objectがたんに「もの」を指しているのではないかと思う。世界は対象からできているのではない。世界は客体からできているのではない。世界は客観からできているのではない。世界は客観的な対象からできているのではない…。

世界は生きた相互作用によって作られます。
7. The world is made of living interaction

そしてそれは内側に生きている物を含んでいるのです。
8. And it has living things in it.

彼らはあなた方に世界はただ燃えるガスなのだと教えるが、それは単に数学によって観察した外側からのものなのである。
9. They tell you the world is burning gas, but that's from the outside, observed by mathematics.
*Theyの指すものは何か。

内側からは、世界はその中に我々を含んでいるのです。
10. From the inside, the world include us in it.


宇宙はその中に我々を持っている。
11. The universe has us in it.


そして宇宙は少なくとも犬や馬やあなたと私と同じくらい多量です。
12. The universe is at least as much as a dog or a horse or you and I.


それは我々を内包する。我々がここにいるからです。
13. It includes us, since we are here.


彼らは我々に我々がここにいないということができません。
14. They can't tell us we're not here.


あなた方はそれをもっとご存知でしょう。
15. You know that much.


[聴衆の笑い]
[Audience laughter]


*打ち込む手が止まるのは、訳がこなれていないせいだと分かった。英文を消化し切れていないから、訳語の選定に迷いがあるのだ。09/05/26 (mon)


*ナンバリングをした対訳の羅列は、煩いでしょう。訳すときに日本語になるものからメモにしていくので、それを入れ替えて記事にしています。
\\
*ドキュメントにコピぺして編集準備。この投稿自体も手を加えた。英文に引用スタイルを適用すると見栄えがよくなる。
*日本語をまとめる作業に入って、てんてこ舞い。目と(座りっぱなしの)尻が悲鳴を上げている。一筋縄ではいかなそうだ。
(09/05/27)

フォーカシング:身体は内側から語る 21
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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
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Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html

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ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.

2009年5月22日金曜日

フォーカシング:身体は内側から語る その19

さて、ここでわたしが本当に言いたいのは、植物達や動物達や文化を持った人間達の上に、第4の段階があるということです。感情ではありません・・・感情は常に文化の型の内側にあります。
あ なたが発狂するとき、あなたが失望するとき、すべてこれらのことは文化の物語の内にあるのです。あなたは文化が起こるべきではないと教えるように扱われな い限り、狂いません。あらゆることがいつもどおりに(runs routinely)進むなら、あなたは狂いません。別の文化で、あなたはそのように扱われてそうなる(狂う)でしょう。しかしその文化では、彼らは違った物語を持っているのです。

Gendlin: Now, what I'm really here to say is that there's a fourth level, on top of the plants and the animals and the human beings with culture. Not the emotions . . . the emotions are within the cultural patterns. When you get mad, when you are disappointed, all these things are within cultural stories. You don't get mad unless you are treated in some way that the culture teaches shouldn't happen. As long as everything runs routinely, you don't get mad. In another culture, you would, being treated like that. But in that culture, they have different stories.


さて、ここでわたしが本当に言いたいのは、植物達や動物達や文化を持った人間達の上に、第4のレベル(段階)があるということです。
1. Now, what I'm really here to say is that there's a forth level, on top of the plants and the animals and the human beings with culture.
level「段階、基準、レベル」
*レベルって、いろいろな日本語になっているし、水準とか基準という言葉を使うとまた違う意味になるとおもうので、迷う。
*be to構文であることを見落としそうになった。1.私が本当に言わなければならないこと(必然?)、2.私が実際に言うことになっていたこと(予定)。

感情ではありません・・・感情は常に文化の型の内側にあります。
2. Not the emotions... the emotions are always within the cultural patterns.

あなたが発狂するとき、あなたが失望するとき、すべてこれらのことは文化の物語の内にあるのです。
3. When you get mad, when you are disappointed, all these things are within cultural stories.

あなたは文化が起こるべきではないと教えるように扱われない限り、狂いません。
4. You don't get mad unless you are treated in some way that the culture teaches shouldn't happen.

あらゆることがいつもどおりに(runs routinely)進むなら、あなたは狂いません。
5. As long as everything runs routinely, you don't get mad.

別の文化で、あなたはそのように扱われてそうなる(狂う)でしょう
6. In another culture, you would, being treated like that.

しかしその文化では、彼らは違った物語を持っているのです。
7. But in that culture, they have different stories.

夕方投稿を書き始めて、翌朝完成。ちょっと食傷気味。

ドキュメントにコピぺして編集準備。09/05/27
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*タイトルをドキュメントにリンクした。09/05/28

フォーカシング:身体は内側から語る その19
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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
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Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html

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ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.

2009年5月20日水曜日

翻訳日記3

昨日も、音読をしたが、暗誦のプロセスになかなか入れない。

しかし、繰り返しで感覚は(遅かれ早かれ)取り戻せる(だろうことはわかっている)のであせることはないと思う。そんなことをずっと繰り返してきているのだ。

この訳出は、暗誦しながら進めていたが、訳出だけを急ぎ(途中から勝手に進んでしまい)、その後、長い中断に入った。

英文を丁寧に読むことで、日本語は「生成する」。翻訳のプロセス自体を、フォーカシングが助ける。私はフォーカシングができているのだろうか、英文を読めているのだろうか、と確かめたくなるが、それは、自分の体験過程が答えてくれるのだと、あるブログエントリが教えてくれた。


自分を信頼すること。

翻訳という生産(いわばプロセスの結果絶えず生み出されるもの)を最終目標にせず(プロセスで生み出されるものなのだから)、英文を読み(音読、素読)、調べ(辞書、単語・文法)、理解し(構文)、覚える(暗誦、暗写、短文から長文へ)過程に集中していくことで、産出される(結果)の出来不出来、進捗状況にとらわれることによるブレークダウンや、フラストレーションを回避することができる。また、スランプを感じたときは、そのこととワークするのが良いかもしれない。

英文そのものを読むことに集中することの積み重ねが結果を生み出すのです。

追記:その後、落ち着いて暗誦する作業に入りました。

2009年5月16日土曜日

これは、まったく別の行動です。(その25)


"Go to a place" means "get quiet, sit there and go to where the 'guest' would be".

「ある場所へ行け(Go to a place)」は「静かにしろ、そこへ座り、客(ゲスト)がいるだろうところへ行け」を意味します。

This is a distinct action, an internal action.
これは、まったく別の行動です。内面の行動です。

The guest isn't already there, just this difuse "Aa, aa, rr, rr" fury is there.
/構造が見えにくいが、be動詞以前が長い主語になっている。fury「憤激、激怒」、difuse「拡散した;散漫な、言葉数の多い」
客(ゲスト)はすでにそこにいなく、ただこの散漫な「あぁ、あぁ、るr、rr」という憤懣がそこにあるのです。

But, the "guest" isn't there.
しかし、客(ゲスト)はそこにいません。

Or the anxiety is there but the "guest" isn't there.
あるいは不安がそこにはあるが、「客(ゲスト)」はそこにない。

So what’s the "guest"?
いったい「客(ゲスト)」とは何だろう?

Well, the "guest" is a "that".
ええ、「客(ゲスト)」とは「あれ」のことです。

You say, "O-o-oh."
あなたは「お、ぉ、ぉー」といいます。

It takes a few seconds or a minuite or two minutes for this "that" to form,
この「あれ」が形を成すのに数秒か一分、二分かかるのです。

because it isn't there as a "that".
それは「あれ」としてそこにないからです。
’09/5/16

音声ファイル17/18(変動可能性あり)
後ろから二つ目のパラグラフの訳出。

写真は翻訳ノート(単語帳)と和訳、英文を書き付けた紙片。この日、入り口がふさがってしばらく入っていなかった和室に入り、本の整理、しばらく使っていなかった炬燵を6畳間の自室に運び込んだ。それから一月ぶりの和訳に取り掛かる。不思議なものである。

追記;英文を参照して、訳文から再構成した英文を訂正した。一部、原文とは違います。赤字は、訂正した箇所の一部ですが、冠詞など、日本人の苦手としている部分を私も良く間違えることがわかります。

また、理解のあやふやな部分が出てこなかったり、誤っていたりすることがあるので、それを丁寧に辞書で調べることで、ある程度一人で訳出を進めることができます。

追記2;なぜか、最初の一文が抜け落ちていた。古いファイルを探したら、該当箇所の訳を見つけたのでそれに手をくわえた。09/05/18

追記3:このパラグラフはその25。日本語のまとめを以下に掲載。09/05/26 mon

追記4:Googleドキュメントで編集。そのファイルをタイトルにリンクさせることを思いついた。タイトル下のリンクボックスにコピペ。

「ある場所へ行け(Go to a place)」は「静かにしろ、そこへ座り、客がいるだろうところへ行け」を意味します。これは、まったく別の行動です。内面の行動です。客はすでにそこにいなく、ただこの散漫な「あぁ、あぁ、るr、rr」という憤懣がそこにあるのです。しかし、客はそこにいません。あるいは不安がそこにはあるが、「客」はそこにない。いったい「客」とは何だろう?ええ、「客」とは「あれ」のことです。あなたは「お、ぉ、ぉー」といいます。この「あれ」が形を成すのに数秒か一分、二分かかるのです。それは「あれ」としてそこにないからです。

’09/5/16

フォーカシング:身体は内側から語る 25

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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
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Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html

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ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.

感情はすでにそこにあります。(その26)

最後のパラグラフ。

対訳:
1-2.
Emotions are already there, you know. You feel them and say "Oh, I'm furious. Yeah, that's right."
感情はすでにそこにあります。ご存知でしょう。あなたはそれらを感じ、「おお、私は憤慨している。イェー、その通りです。」と言います。

But this we call the felt sense. And there's a fair amount of literature about the felt sense.

しかしこれはわれわれがフェルトセンスと呼ぶものです。そしてそのフェルトセンスについてかなり沢山の量の文献があります。

But you can call it anything you want.

しかしあなた方はそれをあなた方が望むいかなるようにも呼ぶことができるのです。
I call it a "that", because when it forms, it's so distinct.

私はそれを「あれ」と呼びます。何故ならそれが姿を現すとき、他とまったく別[明白]であるからです。
form(Vi.)「(ものが)形を成す」

It's in a different space. And time slows down there also.

それは違った空間の中にあります。そして時間はそこでもまた遅くなるのです[速度を落とすのです]。
It's in a different space. It's "Oh, I have that".

それは違った空間の中にあります。それは「おー、私はあれを持っている」です。

<少し長いが終わりまで>
The person is actively looking for it, actively inviting it.

人は積極的にそれを探し、積極的にそれを招いています。
actively (adv.):活動的に、積極的になどがあるが、言葉一つでニュアンスが少し違ってしまう。
Not inviting the anger.

怒りを招くのではなく
That's a different thing.

それは違うことなのです。

Inviting the "guest". Inviting the "that."

「客(ゲスト)」を招くこと。「あれ」を招くこと。
And then it comes.

そしてそれからそれは生じるのです。
The person is still actively interrogating this "that".

人はまだ行動的にこの「あれ」に(系統だった)質問[つまり尋問,審問]をします。
"What are you?"

あなたは何者ですか?
Thereby the person is much larger person, and the space is a much larger space.

それによって、人はずっとより大きな人であり、そして空間はもっとより大きな空間なのです。

And that's what these people are now going to demonstrate.

そしてそれが、これらの人々がいま示そうとしているものなのです。
Thank you.

どうもありがとう。
[Applause.]
[拍手]
[End of audio]
[音声(部分)の終わり]

最後のページ<5/5>の二つのパラグラフを訳出した。先に最後のパラグラフを記事にしてしまう。久しぶりなので、訳語に乱れ、また何時にもまして間違いが増えているかもしれない。また、これは紙片に書いたメモを書き起こしたもので、決して完成稿ではない。

[追記]英文テクストを参照して訳文から再生した英文を推敲した。

追記2:ナンバーはその26。
日本語のまとめ(26):感情はすでにそこにあります。ご存知でしょう。あなたはそれらを感じ、「おお、私は憤慨している。イェー、その通りです。」と言います。しかしこれはわれわれがフェルトセンスと呼ぶものです。そしてそのフェルトセンスに ついてかなり沢山の量の文献があります。しかしあなた方はそれをあなた方が望むいかなるようにも呼ぶことができるのです。私はそれを「あれ」と呼びます。 何故ならそれが姿を現すとき、他とまったく別であるからです。それは違った空間の中にあります。そして時間はそこでもまた遅くなるのです[速度を落とすの です]。それは違った空間の中にあります。それは「おー、私はあれを持っている」です。人は積極的にそれを探し、積極的にそれを招いています。怒りを招くのではなく。それは違うことなのです。「客」を招くこと。「あれ」を招くこと。そしてそれからそれは生じるのです。人はまだ行動的にこの「あれ」に(系統だった)質問[つまり尋問,審問]をします。あなたは何者ですか?それによって、人はずっとより大きな人であり、そして空間はもっとより大きな空間なのです。

そしてそれが、これらの人々がいま示そうとしているものなのです。どうもありがとう。

[拍手]

[音声(部分)の終わり]

フォーカシング:身体は内側から語る その26
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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
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Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html

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ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.