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2010年3月13日土曜日

読みたいもの

フォーカシングワークブックの参考文献から。

Kleinの論文いくつか。
「主体感覚とその賦活化」

フォーカシングを伝えるワークショップは、どのように教えたらよいか

2010年3月6日土曜日

「フォーカシング指向心理療法とHuaYan哲学」その一

フォーカシング指向心理療法とHuaYan哲学
キャンベル・パートン

フォーカシング指向療法は、その根をクライエント中心療法とジェンドリンの経験(体験流、体験過程)哲学に持っている。
Focusing-oriented therapy has its roots in the client-centered therapy and Gendlin's philosophy of experiencing.

一人の哲学者として、わたしは常にフォーカシングへは哲学的背景に関心を寄せてきた。
As a philosopher, I have always interested with the philosophical background to Focusing,

そしてわたしの仏教への興味は、最近わたしを西洋では有名ではない哲学の体系―(日本で華厳として知られた)ファーヤン仏教哲学に目を向けるように導かれた。
and my interest in Buddhism has recently led me to a philosophical systems that is not well-known in West - the Chinese philosophy of Hua Yan Buddhism. - known as Kegon in Japan.

※淡路島で行われた国際会議「和」のホームページから、いくつか資料をプリントアウトして拝読しました。華厳宗は、わたしも心を寄せる明恵上人の宗派(と書いてしまいたくはないと感じているが)であり、また、大須賀発蔵先生が、カウンセリングと東洋の知恵をつなぐ講義でお話になるものの一つが曼荼羅とともに華厳経であります。その宇宙観にひきつけられ、大正大学の講義に足を運び、漢文をから読み下したお経の講義を受けたりしたことも、懐かしい思い出です。と言うわけで、特別な感情を持っているKegonとFocusingがどう切り結ぶのか興味を持ちました。

久しぶりの英文和訳で、(面倒で)辞書も使いませんでした。紙と鉛筆でエイヤッと。動詞の訳し方などのほか、思わぬ勘違いをしているかもしれません。(そういうものを辞書で修正していくのがわたしの英文和訳の仕事の中心になっています。)

HuaYanとは華厳の中国語読み(ファャンは正確ですか)なのでしょうか。ネットで検索してもよく分かりませんでした。(自宅にある哲学辞典は載っていませんでした。あとは仏教辞典ですね…)
哲学的背景のあと、to Focusing となっているのも?です。フォーカシングに向けて、哲学的背景に関心を持っているでは意味が通らないではありませんか。

また、このキャンベル・パートンは、フォーカシング関係者なら知らない人はいない有名な人だと検索して知りました。PCAで名前を見かけるイーストアングリア大学教授。訳書も出ています(題名くらいは見たことはあると思います)。掘り下げていけば、どこまでも続いていくかのような、奥の深いフォーカシング。そんな対象に出会えたことを幸せに思います。いや、むしろそれを通してわたしのからだの感じ、が意味に昇華する体験世界に出会えたことが…。

この訳業は、続くか不明。(この訳は10・3・1に作成しました)
※訳業は、続きませんでした。「パーソンセンタード・アプローチの最前線」を読んでいて、キャンベル教授の名前を間違えていたことに気づい(てい)たので修正しました。

2010年2月27日土曜日

「はじめてのフォーカシング」セミナー雑感

 私は大切な人=私に出会うつもりでセミナーに参加した。だから、フォーカシング体験を通して出会った私、フェルトセンスなどについて(限定して)記録を残しておきたいと思います。
 何故、私はセミナーでそれをシェアすることができず、こうしてブログという場で書き残すのでしょうか。私はセミナーでお話できることはお話し、そしてこうしてブログに書いても構わないほどの私的な(そしてセミナーに限定されない)体験は、こうしてブログで分かち合おうと思います。

私のフォーカシング体験は、リスナーにも恵まれ(その反面、対等ではない関係に申し訳なさと引け目も感じ遠慮もしたのですが)危うく涙をこぼしてしまいそうな、日の当たらない、抑圧された、人の支えなしでは触れることさえ恐れていた私のからだの感覚に気づくことを可能にしました。私の抵抗もあり、十分とはいかないものの、君がそこにいるんだね、そして話しかけられるのを待ち望んでいたそれに挨拶し、また会いに来るからねということはできました。

当日、セミナー開始後に、講師の講義部分に限って録音がOKであるという説明がありましたが、質問をしたのは私ではなく、別の場所にあった録音機能のついた電子機器を取りにいく気にはなれませんでした。しかし、後でクリアリング・ア・スペースのガイダンスなど、レコードできた部分を聞き直してみると、すごくいいです。私は、録音もメモも録りたいのですが、それによって脅かされると感じたり、不快に感じる人がいるかもしれないと想像することはできます。また、私自身も、それによって抜け落ちていくものがあるかもしれないと感じます。講義部分にも、体験実習があり、その分かち合いの部分は個人的なものです。(録音はしていません)しかし、その部分だけは録音していませんなどと言っても、どうして信用してもらえるでしょうか。

  • フォーカシングは瞑想ではないことを体験的に学んだ。目を閉じて瞑想状態に入りやすい(むしろそういう訓練をしている)自分に気づいた。 まさにフォーカシングの初学者の姿である。フォーカシングへの誘いに、抵抗する自分。普段の習慣を打ち破っていくことになると感じています。そして、それはわくわくすることでもあります。何が出てくるのか分からない宝箱のような。リソースに触れていくような。そこには私がいます。わたしの中の私に出会うこと。それが、フォーカシングを通して私が何気なく求めていたものではないかと感じています。
  • 当日のワークのシェア(その場で話せなかったこと)
    • 「苦手な人、好きな人のフェルトセンスを感じて、その違いに気づく練習」
      • 苦手な人は、近しい人。近しい人の苦手な部分を思い浮かべた。身近にいるということは、いろいろなことを許す関係。受け入れていく。それでも残っている苦手な部分が意識に上ってきた。
      • 好きな人は、いま距離を置いている人(一人)を思い浮かべた。ギュッとする感じ。様々な陰性感情を抱きながら距離を置いている私の底に、「好き」という感情が隠されていた。こうして書いてみると、それは不思議なことでもなんでもないのかなと感じる。どんなふうに感じるか=胸がドキドキする。思春期の男の子のような感情が出てきた。それを大切にしよう。心の奥底に秘めて…
      • 苦手な人、好きな人のフェルトセンスを感じてその違いに気づく:苦手な人にはギュッとする、締め付けられる感じがする。その反対は、広がっていく、ほんわかする、解きほぐされる感じという気がするが、わたしは胸の高鳴りという感じだった。もっとからだを感じてみると面白いものが出てくるかもしれない。
  • クリアリング・ア・スペース
    • からだを解きほぐしてたんを吐き(それを飲み込んでしまい、すっかり気分がげっそりする。)、目を閉じて瞑想状態に入ってしまった私。(後でガイダンスを聞きなおすと、瞑想状態に入ることについても注意されていた。)目を覚まして気がかりなことを白紙に列挙することでワークに変えることにしたが、やはり、それは講師のガイダンスになる「クリアリング・ア・スペース」とは違う気がする。はじめは増井武士氏の新書「悩む心の整理学」 で知ったと思うこの技法を、ようやく体験する機会に恵まれたというだけでよしとしよう。私は思った以上に技法に抵抗を感じるらしい。そういうからだの知恵を信頼しよう。思わぬトラウマが障壁となっているのかもしれない。何より、そうして自分の心や体の感じに思った以上に、まったく耳を傾けてこなかったことが露になってしまうような感じがする。能書きではない体験学習の世界世界への参入。私はそれを前に足が竦んだ…。
  • フォーカシングをやってみる
    • これについてはあまり書きたくない。からだの感じを確かめてみようというガイドの誘いに抵抗して持ち時間を浪費する。足先から頭のてっぺんをとおり、指先に降りてくるらしいからだ調べも、私のフェルトセンスが引き止めるので最後まで行かなかったが、それで十分だった。私は私のからだに注意を向けるということを、初めて人に支えられてやり遂げた。どうしてこれが、フォーカシングという枠組みを通してしかできないのだろうか?このからだ調べの最初、窮屈な靴を履いている感じがしていたが、最後私の口から、「しっとりと地面に足の裏がついていく感じがします」 という言葉がこぼれていた。今、セミナーが終わって一週間だが、このしっとりと地面に足の裏がついている感じがこの言葉とともに思い出されてくる。それが、私のであったからだの感覚、セミナーで得られた大きな収穫の一つであった。(すべてであるというのは言い過ぎてであると感じるので・・・)
    • もう一つ、「背中が曲がっている」というのがあった。わたしの中の何かが、背筋は伸びていなくてはならないといっているのを感じる。でも一方で、それ自身はリラックスして、休憩している状態であると感じる自分もいる。知らず知らず理想の状態にからだを当てはめようとする自分。からだはそれを脱ぎ、背骨をゆったりさせることで休息しているのです。わたしの意識の目を盗んで・・・わたしの意識がそれほど厳しく監視しないでいる間に・・・。
  • どこかでフォーカシングにメディスンを求めていた私は、このワークを通して副作用を受け取っても仕方のないことだと理解している。自分を治したいなどと操作的なことを考えていると、からだに負担をかけるように感じる。 ロジャーズの受容的な態度から出てきている技法を、自分を操作するために使おうとするなんて愚かなことをするのが自分なんだなと感じる。自分をそのまま受け止める。あるがままに。これを書いていてそんなことを感じる。これがはじめてのフォーカシング体験です。恥ずかしながら。

    2009年11月12日木曜日

    「夢とフォーカシング」☆★

    *09・11・27 夢とフォーカシングを読んで感銘を受けたのは、自分の内面を明かさなくても良いということでした。(治療者側に)守秘義務があるとはいえ、治療場面では、自分の問題に向き合うこと=自分のプライバシーを明かしていくことと思い込み、そのことがカウンセリングの抵抗になっていました。この本に限らず、ジェンドリンは、からだに聴くことを通して自分を守ることについていろいろなことを教えてくれます。 そのまま(感じたまま)でいいんだよ、からだで感じることは信頼に足ることなんだよと、私を勇気付けてくれています。(個人の読後感であり、内容については書籍に当たって確認してください。)

    2009年11月8日日曜日

    019(fin.)_Introduction. In Focusing

    Introduction. In Focusing 019

    わたしの時間じゅう、わたしはある一続きの時間沈黙しています。そして私はときどき話します。私は言いたくないことは何も話さない。はるか内側から話すことが、私に私自身の声に耳を傾けさせ、受容的な相互作用の中でつながって生きさせるのです。

    During my time I am silent for some stretches and I speak some of the time. I say nothing I don't want to say. Speaking from far inside lets me hear myself and live connectedly in a receptive interaction.
    during O:
    some of the time:
    let O V':
    listen, hear

    Gendlin, E.T. (2007). Introduction. In Focusing [Reissue, with new introduction]. New York: Bantam Books. From
    http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.html


    Introduction. In Focusing 020
    パートナーたちはアドバイスも、判断も、あるいはコメントも与えません。彼らは「私が思うに、あなたが言っているのは・・・」と返してただチェックするために何かを繰り返すかもしれません。しかし彼らはついていくことができないときに言うだけでよいのです。私はそれで私の言ったことを言い換えることができるのです。しかし私のパートナーは、私の意味するもののそれぞれのひだ(輝き)をつかみたいと思って、細心の注意を払うでしょう。

    Partners give no advice, judgments, or comments. They may repeat something back just to check: "I think you are saying .....". But they need only say when they cannot follow, so that I can rephrase what I said. But my partner will pay close attention, wanting to grasp every wrinkle of what I mean.

    judgment: eが落ちている
    need:助動詞
    *色違いは再生する際の誤字・脱字


    Gendlin, E.T. (2007). Introduction. In Focusing [Reissue, with new introduction]. New York: Bantam Books. From
    http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.html






    Introduction. In Focusing 021
    通常のフォーカシングパートナーシップは、人の人生を大きく改善します。私は自分のものなしでしたいと思わないでしょう。実際、私は二つ持っています。私は私の時間をフォーカシングのためか何か私の望むどんなもののためにも用います。私の番が始まると、私はそれがどのように招いているのか―、
    それは私のためにあるのですが、感じます。私は私が望むものを知っている、あるいはスキャンして数分を使うかもしれません。私はこう思います「私はこれを話すかもしれない…、あるいは多分あれ(を)…、いや、できればまずフォーカシングして…」私はそれらのもののどれでも持つことができました。

    A regular Focusing Partnership improves one's life immensely. I would not
    want to do without mine. In fact, I have two. I use my time for
    focusing or for whatever I wish. When my turn begins I feel how
    inviting it is—it is just for me. I might know what I want, or
    spend some minutes, scanning. I think: "I might talk of this..., or,
    perhaps that..., well, perhaps first focus quietly..." I could have any
    of those things.


    我々はフォーカシングと傾聴、そしてフォーカシングのやり方で聞かれる経験についての数時間の電話訓練を提供します。それからあなたはウェブ上の共同者(パートナーシップ)プールから一人のパートナーを選ぶことができるのです。


    We provide a few hours of telephone training in focusing, listening, and the experience of being listened to in a focusing way. Then you can select a partner from our Partnership Pool on the Web.




    フォーカシングで、人は我々の前にいる人間が、いかなる技法、信仰・目的・プロジェクトの、いかなる集団より以上のものであることを知るのです。我々はいつもより重要なもののために我々がするどんなことも制限します。彼らがどんなことに直面していようとも、人々を慎み深い(遠慮がちな)仲間にしておくのです。人々にただ我々の素朴な存在を与えることは、彼らに存在させ、息をつかせるのです。我々は彼らが、何とか伝えようとしているもののために聞き、そしてほかの何も付け加えません。それは最小の押し付けを伴う最大限の接近を促進するのです。



    With focusing one knows that the human being in front of us is more than any method, any set of beliefs, purpose, or project. We limit whatever we do for the sake of what is always more important: keeping people unobtrusive company with whatever they are up against. To give people
    just our simple presence lets them be and breathe. We listen for what they mean to convey, and add nothing else. It makes for maximal closeness with minimal imposition.

    ※パラグラフごとにドキュメントを新規作成するのが面倒になって、ページ区切りを入れて訳を追加して行った。(トレーニングのために)和訳から英文を再生してみるなどを省いている。そういう作業を通して二重三重に訳文をチェックしていたのだが・・・。

    017~018_Introduction. In Focusing

    Introduction. In Focusing 017
    For a while it seemed that just expressing our feelings would help our close relationships. Just blurt everything out. But, what the other person hear can be so very different from what you meant to say, and sometimes hurtful. Similarly, we often react in ways that shut the other person down.


    しばらくの間、ただわれわれの感情を表現することはわれわれの親しい関係を助けるだろうと思 われました。ただすべてを吐き出すこと。しかし、他者が聞くことはあなた方が言おうとしていることからとても大きく異なり、時々有害である可能性がありま す。同様に、われわれはしばしば、他者を締め出すように反応します。


    しばらくの間、ただわれわれの感情を表現することはわれわれの親しい関係を助けるだろうと思われました。
    For a while it seemed that just expressing our feelings would help our close relationships.
    seem (that):


    ただあらゆることを不用意に漏らす。
    Just blurt everything out.
    blurt: 命令形?


    しかし、他者が聞くことはあなた方が言おうとしていることからとても大きく異なり、時々有害である可能性があります。
    But what the other person hears can be so very different from what you meant to say, sometimes hurtful.
    hurtful:


    同様に、われわれはしばしば、他者を締め出すように反応します。
    Similarly, we often react in ways that shut the other person down.
    shut O down:
    締め出す:shut O out

    ジェンドリン,E.T. (2007).導入(イントロダクション),フォーカシング[新しいイントロダクションを伴う再刊行物]. ニューヨーク:バンタムブックス 
    http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.htmlから

    Gendlin, E.T. (2007). Introduction. In Focusing
     [Reissue, with new
    introduction]. New York: Bantam Books. From
    http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.html


    Introduction. In Focusing 018
    セラピストは、彼ら自身の、彼ら自身に最も近い人々よりもずっと簡単に、クライエントの話を聴くことができます。親しい人々とともに、人が聞くそれぞれの小さなことで、人の人生全体は上ったり沈んだります。しかし、人々はクライエントに変化と癒しの段階の生じる、より深いレベルまで平和に同伴することができるのです。そのときクライエントはずっとより深くそして自由に彼ら自身の親しい人々にかかわることができるのです。フォーカシング共同体の新しいパターンは、セラピーの長所をあらゆる人に利用可能にします。フォーカシングパートナー(共同者)は何も費やしません。あなた方は交代でするのです。この新しい団体(機関)は社会の分散化を変えているのです。

    Therapists can listen to clients much more easily than to their own people who are closest to them. With close people one's
    whole life rises or sinks with each little bit one hears. But one can peacefully accompany clients to deeper levels where the steps of change and healing come.Then the clients can relate much more deeply and freely to their own close people. The new pattern of Focusing Partnerships makes this advantage of therapy available to everyone. A Focusing Partner costs nothing. You take turns. This new institution is changing the atomization of society.

    セラピストは、彼ら自身の、彼ら自身に最も親しい人々よりもずっと簡単に、クライエントの話を聴くことができます。
    Therapists can listen to clients much more easily than to their own people who are closest to them.
    listen (vi.) to O    than (prop.)    my own people:

    *親しい人々とともに、人が聞くそれぞれの小さなことで、人の人生全体は上ったり沈んだります。
    With close people one's whole life rises or sinks with each little bit one hears.
    one's whole life, rise, sink (vi.):

    しかし、人々はクライエントに変化と癒しの段階の生じる、より深いレベルまで平和に同伴することができるのです。
    But one can peacefully accompany clients to deeper levels where the steps of change and healing come.
    同行する:accompany O to N: 〈人に〉〔~まで〕同行する

    そのときクライエントはずっとより深くそして自由に彼ら自身の親しい人々にかかわることができるのです。
    Then the clients can relate much more deeply and freely to their own close people.
    then, relate to O:vi., one's own close people

    フォーカシング共同体の新しいパターンは、セラピーの長所をあらゆる人に利用可能にします。
    The new pattern of Focusing Partnerships makes this advantage of therapy available to everyone.
    make O C to; advantage, available

    フォーカシングパートナー(共同者)は何も費やしません。あなた方は交代でするのです。
    A Focusing Partner costs nothing. You take turns.

    この新しい団体(機関)は社会の分散化を変えているのです。
    This new institution is changing the atomization of society.


    ジェンドリン,E.T. (2007).導入(イントロダクション),フォーカシング[新しいイントロダクションを伴う再刊行物]. ニューヨーク:バンタムブックス 
    http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.htmlから

    Gendlin, E.T. (2007). Introduction. In Focusing [Reissue, with new introduction]. New York: Bantam Books. From
    http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.html


    2009年11月7日土曜日

    タウンと人間的な注意☆★

    *09/11/20 阿世賀先生のすでにブログの記事になっていることを知った。
    私たちにとって大事なものは枠組み的思考によっては得られないということに気づかせてくれます。
    ビジネスの世界で起こる不具合の半分以上が、適切な配慮の失敗に関係していることはよく知られています。適切な感心が必要とされており、関心の質を高めるためにお金が払われています。
    ジェンドリンの論文は哲学に由来しているがために読みにくいとも言われるようだが、フォーカシング関係の文章の中ではやはりひきつけられる程度が断然高いと思う。 印刷したのはジェンドリンの文章だけではないが、最初に読み終えたの二つとも彼のものだった。タウンと人間的な注意(講演)に加えて、フォーカシングの展望 アクションステップとプロジェクト

    ジェンドリンはこの文章(タウンと人間的な注意)の最後にこう述べています。「私たちはあきらめてはいけません。物事は変化しており、それはとても興味深く変化しているのです。「経済」にはまり込んだり、自分という人間が「神経学」から成り立っていると考えたり、人々が作り上げた素敵な分析ツールのひとつにとらわれてしまったりしなければ、私たちはその変化について考えることができます。」神経経済学にも言及している有名な経済評論家のことを思い浮かべてしまいます。

    そして、「すべてを管理する立場にある人は、今はまだ枠組みで考えています。しかし、今物事があまりうまくいっていないからといって、希望をなくさないでください。それは変わりつつあります。」と講演を締めくくるくだりで、社会学でも、経済学でもない立場からの希望を表明し、人々を勇気付けるジェンドリンを見つけることができるのです。

    2009年11月6日金曜日

    ウェブ上のリソースを読んでいます。

    フォーカシング研究所では、翻訳を提供しているが、ウェブ上で分量の多いものを最後まで読むのが大変なので、(それぞれの環境にもよると思うが)私は印刷して読みたいときに手にとって読むことができるようにしている。

    PCを立ち上げるまでもないし、風呂場に持ち込むこともできる。本なら湯気で傷むことを覚悟しなくてはならない。マーキングもできる。エコノミーモードで両面印刷をすれば、インクの量も、時間も節約できる。チラシの裏など、使えそうなものを再利用してもいい。

    そんな風に、ウェブ上のリソースを印刷して読み始めている。英文を翻訳しながら少しずつよむこと、一方で日本語、あるいは翻訳、あるいは原文を、ナチュラル・スピードで読んでいくことで、視野を広めていく。こうしたプロセス自体をフォーカシングで進めていくといいんじゃないかなと思う。

    せっかちに読み進んで、何も残らないのでは意味がないとよく思う。一方で、遅々としたプロセスの歩みにいらいらしたりする自分もいる。

    こうした作業を進めるうちに、どんな本を読んでいいかがわかったり、参加できる集会があったら(経済的に、物理的に)いきたいなとか、思い始めたりするのです。

    翻訳は最後までしましたが、記事にまとめるのが面倒になってしまいました…。

    2009年10月23日金曜日

    016_Introduction. In Focusing

    Introduction. In Focusing 016

    Currently the cultural routines and roles that used to connect us are insufficient. We have to innovate all day, find new ways to be a woman, man, wife, parent, teacher, executive, old person, young person. Our close relationships tend(単数形) to fall apart. "Nobody seems to fit with me," people say. Each person is intricate inside, and lonely. Modern urban society is atomized.


    現在、我々をつなぎ合わせてできたものであるところの文化的に決まりきったことや役割は十分ではありません。我々は、一人の女性、男性、妻、親、教師、重役、老人、若者であるために、一日中革新し、新しい道を見つけなければなりません。我々の緊密な人間関係は、ばらばらになる傾向があります。誰も私となじむように思われる人はいないと人々はいいます。各人は内心では複雑であり、孤独です。現代の都市社会は細分化されているのです。


    現在、文化的に決まりきったことや役割(我々をつなぎ合わせてできたものであるところの)は十分ではありません。
    Currently the cultural routines and roles that used to connect(原形) to us is insufficient.


    我々は、一人の女性、男性、妻、親、教師、重役、老人、若者であるために、一日中革新し、新しい道を見つけなければなりません。
    We have to innovate all day, find new ways to be a woman, man, wife, teacher, executive, old person, young person.

    ※コンマで区切られ、動詞が追加されているように見える。andでつながれてはいない。
    ※つながりが今ひとつわからないところ。


    我々の、緊密な人間関係は、ばらばらになる傾向があります。
    Our close relationships tend(原形) to fall apart.


    誰も私となじむように思われる人はいないと人々はいいます。
    "Nobody seems to fit with me," people say.


    各人は内心では複雑であり、孤独です。
    Each person is intricate inside, and lonely.


    現代の都市社会は細分化されています。
    Modern urban society is atomized.

    語彙:
    *routine:アクセント注意(後にくる)
    *innovate: vi.
     fit(vi.) with O:

    new ways: (複数、無冠詞)
    our close relationships:

    ばらばらになる:fall apart


    ジェンドリン,E.T. (2007).導入(イントロダクション),フォーカシング[新しいイントロダクションを伴う再刊行物]. ニューヨーク:バンタムブックス http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.htmlから

    Gendlin, E.T. (2007). Introduction. In Focusing [Reissue, with new introduction]. New York: Bantam Books. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.html


    2009年10月14日水曜日

    011_Introduction. In Focusing

    Introduction. In Focusing 011


    Science is not a game. Its truth is based on empirical testing. You wouldn't
    want to get on an untested airplane. We need our wonderful machines to
    work. But the basic method of this science renders everything it
    studies as machines.

    科学はゲームではありません。その真実は実証的な験定に基づいています。あなたは検査されていない飛行機に乗りたくないでしょう?我々は作業するために我々の素晴らしい機械を必要としています。しかしこの科学の基本的な方法はそれが研究するあらゆるものを機械としてしまうのです。

    科学はゲームではありません。
    Science in not a game.

    その真実は実証的な検定に基づいています。
    Its truth is based on empirical testing.
    empirical testing? 実証的検定、実験的試験

    あなたは検査されていない飛行機に乗りたくないでしょう。
    You wouldn't want to get on the untested plane.

    我々は作業するための素晴らしい機械を必要としています。
    We need our wonderful machines to work.
    machines to work?

    しかしこの科学の基本的な方法はそれが研究するあらゆるものを機械としてしまうのです。
    But the basic method of this science renders it studies as machine.



    ジェンドリン,E.T. (2007).導入(イントロダクション),フォーカシング[新しいイントロダクションを伴う再刊行物]. ニューヨーク:バンタムブックス http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.htmlから

    Gendlin, E.T. (2007). Introduction. In Focusing [Reissue, with new introduction]. New York: Bantam Books. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2176.html