2009年4月11日土曜日

13-15

私が言いたいつぎのことは、我々が人間であるだけではないという理解があるべきであるということです。
Gendlin: The next thing I want to say is that there has to be an understanding that we are not only human.
我々は動物でもあり、そして動物であるだけではなく、我々は植物でもまたあるのです。我々は組織‐過程(tissue-process)です。そして動物である能力を高めたのが組織過程なのです。

We're also animals, (pause) and not only animals; we're also plants. (pause) We're tissue-process. (pause) And it's the tissue-process that has developed the capacity to be an animal.
*tissue:「(生理)組織」【古期フランス語「織られたもの」の意】
組織過程なくして動物はありません。
There is an animals without tissue-process.


[音声ファイル]gendlin_trauma_2007 (10)

しかし、動物について、とても神秘に包まれたものがあります。彼らはふるまう(行動する)。
But there's something bery mysterious about animals: they behave.
mysterious:「神秘的な,神秘に包まれた,不可思議な,などの」【ギリシャ語「秘密の儀式」】
100年にわたるエソロジーのあらゆる研究がいま、行動の複雑さは彼らが生来の(備えられた、組み入れられた"built-in:生得の)と呼ぶものであることを明らかにしたのです。

And all the studies of ethology for hundred years now have shown that the complexiti(es?) of behavior is what they call "built-in".
動物は学びます、もちろん。
And animals learn of course.
彼らは多くを学ぶのです。
They learn a lot.
しかし、彼らが学ぶことさえ、小さな子猫たちがねずみどもに襲い掛かる仕方を学ぶように、彼らは成人猫がいったんそれをやって見せたときにそれを学ぶのです。
But, even what they learn, like little kittens learn how to junp on mice, but they learn that when the adult cat demonstrates it once.
Words: demonstrate「論証する,説明する,実際にやってみせる」【ラテン語「はっきりと示す」】

それで、学習でさえ生来の能力に基づいています。
So, even learning is based on built-in capacities.
そしてもしあなたがある脳細胞を刺激すれば、あなたは大人猫などなしでとにかく飛び跳ねるだろう。
And if you stimulate certain brain cells, you get the jumping anyway without adult cat. And so forth.
get the jumping:跳躍を理解する or 跳躍する?

[音声ファイル]gendlin_trauma_2007 (11)

金属のおりの中で育てられたリスは、ある年齢に金属かごのなかで木の実を埋めるだろう。
もしあなたがリスに木の実を与えれば、リスは金属かごを引っかいて木の実をそこへ置くだろう。
動物行動の複雑さの全体は、備えられているのです(built-in)。
The squrrel that's raised in a metal cage will bury nuts in a metal cage at a certain age. If you give it a nut, it will scratch the metal cage and put the nut there. /The whole complexities of animal behavior is built-in.
[音声ファイル]gendlin_trauma_2007 (12)

しかし、“備えられた”とは何でしょうか。それは何を意味するのでしょう。
But what's "built-in"? What does it mean?
身体の生理学的理解は行動の複雑さが身体に組み込れていることを許しません。
A physiological understanding of the body doesn't permit behavioral complexiti(es?) to be "built-in" the body.
あなたはそれを違う種類の概念で考えなくてはなりません。
You have to think it, with a different kind of concept.
あなたは組織はただ構造や空間ではなく、組織は先へ〔~を〕含んでいるのだと思わなければならない。
You have to think that the tissues are not just structure and space, the tissues imply forward.
そしてそれからただ皮膚のうちにある組織ではなく、それらはそれ自身をそれから、皮膚さえ持つために作り出す環境にある組織なのである。(ここではtissuesに定冠詞。)
And they're tissues within the skin; they're tissues in the environment that it makes itself out of, to have even a skin.

あなたはからだ、我々の体、そこで坐っているあなた方の身体は動物行動の複雑性を持っている組織だと理解しなければなりません。
You have to understand that the body, our body, your body sitting there, is tissues that have the animal behavior complexity.

[音声ファイル]gendlin_trauma_2007 (12-2)

追記:built-inなど、訳語が変遷している。備えられた、生来のという辞書的な訳語よりも、埋め込まれた、むしろ動詞(成句)から「組み入れられた」というふうにしたほうがいいのかもしれない。

まとめ:驚くほどこなれていない箇所がある。これらは、下訳のメモからドキュメントファイルを作らずに直接ブロガーの画面で編集した。

追記2:音声ファイルを聞きながら英文の校正をした。といっても、これはまとめの記事なので、個別の記事の構成を繰り返したに過ぎない。音声ファイルと記事の英文、もともとの英文テクストは段落の区切りに違いがあり、そのことで少し混乱する。訳しながら自分なりの文章の区切りを見出そうとする試みが裏目に出ているのだ。09/5/19(tue)

追記3:15の更新に伴ってこちらも変更。

2009年4月10日金曜日

フォーカシング:身体は内側から語る 16

あなたは人間たちがもはや本能を持たないということを読んで知ることができますが、それはばかげています。「本能」はまさしくこの備えられた(“built-in”)というための言葉なのです。「本能」はまさしく「備えられた」ようであります。誰かが「ええ、私はこの大きな動物の複雑性があるのだということを認めます。しかし、それがどれだけ‘からだからの’ものかわかりません。それらの動物たちは概念やら何やらを持ちません。そ れで、それらはこれをどのようにするのでしょうか?」と言います。ええ、「本能によって」と、我々はみな学校で学びました。そしてそのとき彼らは我々に、それが何か教えなかったのですね。そうですね?

You can read that human beings don't have instinct anymore, but that's ridiculous. "Instinct" is just a word for this "built-in." "Instinct" is just like "built-in." Somebody says, "Yes, I recognize that there's this huge animal complexity, but I don't know how it's 'out of the body.' These animals don't have concepts and all that. So how do they do this?" Well, "by instinct," we all learned in school. And then they didn't tell us what that is. Right?

そしてあなたは人間たちがもはや本能を持たないということを読んで知ることができますが、それはばかげています。
And you can read that human beings don't have instinct anymore, but that's ridiculous.

「本能」はまさしくこの「備えられた(“built-in”)」というための言葉なのです。
"Instinct" is just a word for this “built-in.”

「本能」はまさしく「備えられた」ようであります。
"Instinct" is just like "built-in"

誰かが「ええ、私はこの大きな動物の複雑性があるのだということを認めます。しかし、それがどれだけ‘からだからのもの’かわかりません。
Somebody says, "Yes, I recognize that there's this huge animal complexity, but I don't know how it's 'out of the body.’

それらの動物たちは概念やら何やらを持っていません。
These animals don't have concepts and all that.

それで、それらはあれをどのようにするのでしょうか?」と言います。
So how do they do that?"

ええ、「本能によって」と、我々はみな学校で学びました。
Yes, "by instinct", we all learned in school.

そしてそのとき彼らは我々に、それが何か教えなかったのです。そうですね?
And then they didn't tell us what that is. Right?




追記:長い中断を開始する最後の投稿。音声ファイルを聞きながら英文を確認した。09/5/19(tue)

追記2:音声ファイルにタイトルをつけて動画ファイルとして保存して追加した。09/5/19(tue)

[音声ファイル]gendlin_trauma_2007 (13)
フォーカシング:身体は内側から語る その16
--
http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
--
Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html

--
ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.

フォーカシング:身体は内側から語る 15

タイトルを、ドキュメントにリンクした。
原文と日本語訳を冒頭へ配置。(09/05/28)
--
The squrrel that's raised in a metal cage will bury nuts in a metal cage at a certain age. If you give it a nut, it'll scratch the metal cage and put the nut there. The whole complexiti(es?) of animal behavior is built-in.

金属かごの中で育てられたリスは、ある年齢になれば金属かごのなかで木の実を埋めるでしょう。もしあなたがリスに木の実を与えれば、リスは金属かごを引っかいて木の実をそこへ置くでしょう。動物行動の複雑さの全体は、備えられているbuilt-in)のです。




But what is "built-in"? What does it mean?
しかし、“備えられた”とは何でしょうか。それは何を意味するのでしょうか。

A physiological understanding of the body doesn't permit behavioral complexities to be "built-in" the body.
からだの生理学的理解は行動の複雑さがからだに組み込れていることを許しません

You have to think it, with a different kind of concept. (Gene laughs)
あなたはそれを、違う種類の概念で(ジーン笑う)、考えなくてはなりません。

You have to think that the tissues are not just structure and space, the tissues /imply forward.
あなたは組織はただ構造や空間ではなく、組織は将来へ〔~を〕暗に含んでいるのだと思わなければならないのです。

And they're tissues within the skin; they're tissues in the environment that it makes itself out of, to have even a skin.
そしてただ皮膚の内側にある組織ではなく、それらはそれ自身をそれから、皮膚さえ持つために作り出す環境にある組織なのであります。(ここではtissuesに定冠詞。)


フォーカシング:身体は内側から語る 15


追記:built-inなど、訳語が変遷している。備えられた、生来のという辞書的な訳語よりも、埋め込まれた、むしろ動詞(成句)から「組み入れられた」というふうにしたほうがいいのかもしれない。

追記2:audioを聴きながら英文の校正。09/05/19
音声ファイル:gendlin_trauma_2007 (12、12-2)

追記3:抜けていた一文を加える。
You have to understand that the body, our body, your body sitting there, is tissues that have the animal behavior complexity.
あなたはからだ、我々のからだ、そこで坐っているあなた方のからだは動物行動の複雑性を持っている組織だと理解しなければなりません。
You have to understand that the body,..., is the tissues that... .
あなたは、体が…という組織であることを理解しなければならない。

追記4:音声ファイル:gendlin_trauma_2007 (12、12-2)を動画ファイルに変換して追加した。

追記5:以下参照。

追記:見直せば、テキストにも訳文にも直すところがある。09・06・06
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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
--
Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html

--
ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.

グーグルによる自動翻訳

http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html の翻訳版:googleによる自動翻訳です。
各種、ウェブサービスのなかでは、グーグルの翻訳の質が一番低いようです。
Yahoo!やexciteがお勧め。

2009年4月8日水曜日

9-12

書式に混乱があるが、日本語と英語を対置する形で9-12をまとめた。翻訳を検討する際に、語句や文法の注釈が必ずしも必要ない事に気づく。日本語と英語を照らし合わせ、英文と対決する姿勢が今の気分だが、英文を受け入れ、聴く姿勢がフォーカシング的であると思う。ジェンドリンの声を聴き、そしてそれに呼応する私の(日本語の)身体の声を聞くこと。
--
So (what I...) my main point here is: there's no "is." It's always an is-and-implies(-ing I …ed).
それで、私の主な論点はここにあるのです。何も「存在する」(no “is”)ことはないのです。それは常に存在し、且つ含んでいるのです。

Secondly, there is no "body" apart from the environment. The body generates itself in the environment, out of environment.
次に、環境から離れた身体はありません。身体はその環境において、環境から、自身を生み出すのです。

Between "environment" and "body," only human beings make a distinction.
「環境」と「身体」の間に、ただ人間だけが、区別をつけるのです。
And it's a very important distinction.
そしてそれはとても重要な区別です。
And it helps us with science and chemistry and neurology, and all those things that are very important and very helpful, and make things.
それはわれわれの科学や化学や神経学、そしてとても重要であり、とても有益な、そして物を作るあらゆることに役立つのです。

◎But living things are not made things, made-out-of-parts-things.
しかし生きているものはものを組み立てたのではなく、部品‐から‐作られるのではありません。
Living things are not made by a separation between us and what we see or what we work on.
生き物はわれわれとわれわれが見るものやわれわれが働きかけるものとの間の分離によって作られるのではないのです。

Living things are always already/ both body and environment.
生きているものはいつもすでに、身体環境の両方です。

フォーカシング:身体は内側から語る 09
ドキュメント
[音声ファイル]gendlin_trauma_2007 (6)

2009年4月5日
So, no “is.” Always “is-and-implies.”
それで、存在する(“is.”)ものはありません。いつも存在し‐かつ‐(~を)含んでいる。

And no “body.” Always “body-and-environment.”
そして身体もありません。常に身体‐と‐環境です。

It's some next event, in the body-environment interaction, in the body-environment unity.
それは何か次に起こる事(some next event)です。身体‐環境の相互作用において、身体‐環境の協働(unity)において。

The next event that's imply is a …look at my hand.
それが含む次の出来事はひとつの・・・私の手を見てください。

(Gene laughs) That' good enough there.
(ジーン笑う)それでもう十分です。

(Gene and audience laugh) It's forward and it's out here.
(ジーンと聴衆笑う。)それは前進しています。そしてそれはここに現れ出ています。

[音声ファイル]gendlin_trauma_2007 (7)
フォーカシング:身体は内側から語る その10

So, we have to use, respect and also change /the notion that we have of the body.
それで、われわれは身体についてわれわれが持っている概念を、用い、尊重するのみならずまた変えることもしなければなりません。

It's not a structure/ that fills space and time.
空間と時間を埋めるのは構造ではありません。

We need to consider it that way, so we can analyze it and have medicine and chemistry and neurology, and all these(is?) very important things.
われわれはそれを、そんなふうに(that way)考える必要があります。だから、われわれはそれを分析することができますし、医学と化学と神経学とあらゆるとても重要なものを持ちえるのです。

But the body is not just a structure (that) just “is” in the environment, in space, like you see me sit here.
しかし身体は環境に、空間に、あなたがたが私がここに座っているのを見るようにただ「存在する」
ある構造ではありません。

The body is where I am out here talking to you, where Im all the way out there, and without this, (gestures) my body wouldn't be the way it is right now.
からだは、私が現われ出てここであなたに話しかけているところです。そしてそこでは私はずっと現れているのです。そしてそれ以外に、私の身体が、それからちょうど今そうであるようにあることはないでしょう。

The words wouldn't come out right, if I weren't a body-environment unity, and if I weren't implying forward.
もし私が身体―環境統一体(unity)でないならば、そしてもし私が先へ(将来へ、~を)含んでいないならば、言葉は望み通りに生まれでないでしょう。

So, my words come.
それで、私の言葉は生まれるのです。

[音声ファイル] gendlin_trauma_2007 (7)
フォーカシング:身体は内側から語る その11

2009年4月6日
フォーカシング:身体は内側から語る その12
Sometime you can wonder where your words come from, and how they come.
ときどきあなた方はどこから言葉が生じるのかな、そしてそれらがどのように生じるのかなと思うはずです。

People don't wonder enough. They open their mouth, and the words come out.
(一般の)人々は十分に好奇心を持ちません。彼らが口を開けると言葉が出てくるのです。

[Audience laughs.]
Words: audience:単数形
[聴衆が笑う]

Gendlin: How is that?
ジェンドリン:どうしてだろう

[Laughter and applause.]
[笑い声と拍手]

Gendlin: And then if they don't come out, what do we do?
ジェンドリン:そしてそのときそれらが出てこないなら我々は何をするでしょうか?

Well, we say, "Excuse me, I don't mean that. Wait a second."
ええ、我々は「すみません、私はそれを意味していません。少し待ってください。」

And then what do we do?
そしてそのとき我々は何をするだろう?

Well, we wait and hope and then some more words come out, and hopefully they are right.
ええ、我々は待ち、望み、そしてそれからいくらかもっと言葉が出てきて、そして望みどおりにそれらはうまくいく。

OK, so those are my two points. No "is", and no "body."
OK、それでそれらは私の二つのポイントであります。「ある」ものはなく、そして「身体」もありません。

[Laughter from audience]
[聴衆から笑い声]
gendlin_trauma_2007 (8)

[追記]audioを聞きながら英文の校正。09/5/19(tue)
追記:テクストを読みながら校正09/06/02

まとめ2 (9-12)

私が主張したい二つの主要な点があります。最初のひとつは、あなたが何もあるものはないのだと理解する場合に、生き物としてある種の概念を必要とするということです。われわれは通常それについて考えるところのあらゆるものがあります。(あとに)残るものは何もありません。それは常にあり、そしてまた将来へ含むのです。それはあり‐かつ‐包み込む。それは決してただあるのではない。それはいつもあり、かつまだ起こっていない何かの含みを持っている。そしてそのまだ起こっていない何かは十分に組織化されていません。それはとてもとても、(フロイトの言ったことですが)“多重に決定された”ものです。それは、まったくあいまいなものではありません。それはとてもとてもすばらしく、組織化される前なのです。そしてそれにもかかわらず、それは開いてもいます。それはまだ起こっていないのです。そして起こったことだけが、構造にとどめられるに過ぎないのです。

それで、私の主な論点はここにあるのです。何も「存在する」(no “is”)ことはない。それは常に存在し、且つ含んでいるのです。次に、環境から離れて身体はありません。身体はその環境において、その環境から、自身を生み出すのです。「環境」と「身体」の間に、ただ人間だけが、区別をつけるのです。そしてそれはとても重要な区別です。それはわれわれの科学や化学や神経学、そしてとても重要であり、とても有益な、そして物を作るあらゆることに役立つのです。しかし生きているものはものを組み立てたのではなく、部品‐から‐作られるのではありません。生き物はわれわれとわれわれが見るものやわれわれが働きかけるものとの間の分離によって作られるのではないのです。生きているものはいつもすでに、身体と環境の両方です。

それで、存在する(“is.”)ものはありません。いつも存在し‐かつ‐(~を)含んでいる。そして身体もありません。常に身体‐と‐環境です。それが含む次の出来事はひとつの・・・私の手を見てください。(ジーン笑う)それでもう十分です。(ジーンと聴衆笑う。)それは前進しています。そしてそれはここに現れ出ています。

それで、われわれは身体についてわれわれが持っている概念を、用い、尊重するのみならずまた変えることもしなければなりません。空間と時間を埋(うず)めるのは構造ではありません。われわれはそれを、そんなふうに(that way)考える必要があります。それで、われわれはそれを分析することができますし、医学と化学と神経学とあらゆるとても重要なものを持ちえるのです。しかし身体は環境に、空間に、あなたがたが私がここに座っているのを見るようにただ「存在する」ある構造ではありません。からだは、私が現われ出てここであなたに話しかけているところです。そしてそこでは私はずっと現れているのです。そしてそれ以外に、私の身体が、それからちょうど今そうであるようにあることはないでしょう。もし私が身体―環境統一体(unity)でないならば、そしてもし私が先へ(将来へ、~を)含んでいないならば、言葉は望み通りに生まれでないでしょう。それで、私の言葉は生まれるのです。

ときどきあなた方はどこから言葉が生じるのかな、そしてそれらがどのように生じるのかなと思うはずです。(一般の)人々は十分に好奇心を持ちません。彼らは口を開き、そして言葉が出てくるのです。

[聴衆が笑う]

ジェンドリン:どうしてかって?

[笑い声と拍手]

ジェンドリン:そしてそのときそれらが出てこないなら我々は何をするでしょうか?ええ、我々は「すみません、私はそれを意味していません。少し待ってください。」と言います。そしてそのとき我々は何をするだろう?ええ、我々は待ち、望み、そしてそれからいくらかもっと言葉が出てきて、そして望みどおりにそれらはうまくいく。OK、それでそれらは私の二つのポイントであります。「ある」ものはなく、そして「身体」もありません。

[聴衆から笑い声]

まとめ1

ジェンドリン:こんにちは。
[聴衆が「こんにちは」と反応する。]
私はここにいてうれしく思います。私はロブ・パーカーに感謝したいです。彼をすでに知っている人もいるでしょう。トラウマ・ワークと一緒にフォーカシングを利用する、われわれの仲間の一人です。彼は私たちのうちこの3人が来るように手配したのですが、彼自身がここへあがる準備はしませんでした。それでわたしは彼の名前を挙げ、彼にあらゆる仕事、とりわけ私を調整(コーディネート)していることに感謝する必要があるのです。

さて、私はあなた方にフォーカシングが、単独では、ひとつの「方法」ではないということを話したいのです。フォーカシングは、我々のするあらゆることを深めます。我々がそれをしないというなら話は別ですが。それで、私は人々に、それだけでフォーカシングしないでくださいというのです。それを相互作用とボディ・ワークとあらゆるほかのことと一緒にしてください。

私は、ここでちょうど言われたこと、われわれが一緒に得ることができるあらゆる資源を引き出す必要があることに同意しています。フォーカシングは内面から起こるので、それはあなたがしているあらゆることと調和するのです。それは、あなたがしているものなら何でも、深くするでしょう。それは、独自のものではありません。あなたがそれを習得するときに、ほんの少しの間はそれがかなり独自のもののように見えるかもしれないけれども―。しかしいったんあなたがそれを得たなら、それはもはや独立してはいないのです。

私はもう一度自己紹介したいと思います。何故なら私は実のところ哲学者であるからです。私の訓練は哲学でありました。私の学位は哲学の部門においてのもので、私は私の人生ずっと哲学をしてきました。たまたまその実践的な側面が知られるようになったのです。ですから、私はあなた方にこれを直ちに話さなくてはなりません。

哲学は、読みこなすのがのがかなり難しいものです。あなたは5,6回、一文ごとに、あなたが解いているクロスワード・パズルのようにすべてを読まなければなりません。それで、私が印刷に出し出版したものの大部分は哲学ではありません。それは哲学から生じて離れています。それは単純、明快であろうと試みています。しかし、私が公表した沢山のものをあなた方はすでに知っています。それで今日私はあなた方をその哲学部分へ初めて触れさせたいと思います。

哲学は、共に働くのです・・・概念でさえないものと。それは何も内容を持っていません。ほとんど何も無いのです。

[笑い]
ジェンドリン:哲学は、ほとんど概念ですが、概念でさえありません。思索好きな人は、概念に取り組みます。哲学はさまざまな概念に働きかけるのです。これは大部分の人々にとって、奇妙な考えです。私が話す必要があると思うのは、私たちが展開しているところの特定の種類の概念、われわれの大部分が使うあらゆる概念から実に異なってるある種の概念のことなのです。

ある種の概念は、生きものをまず研究することから生じるのです。それはしていない。われわれの概念がまねているのは数学です。そしてそれは、われわれの科学技術のすべてを作ることにおいて、とても強力でありました。私は確かにそれを非難したりこき下ろしたり、あるいはそのようなばかげたことはしません。私はマイクロフォンに話しかけている。私はコンピューターでものを書く。ここに照明がある。科学技術がなければ、私はここにいなかったでしょう。しかし、生きているものにとって、科学技術はよいモデルではありません。なぜなら、それは分離した部品を作り、それらの部品を一緒にすることに関わるからです。生き物は分けられる部品から作られるのではありません。私はそれに戻りましょう。

2009年4月7日火曜日

フォーカシング:身体は内側から語る その14

しかし、動物について、とても神秘に包まれたものがあるのです。彼らはふるまう行動する)。100年にわたるエソロジーの あらゆる研究がいま、行動の複雑さは彼らが生来の("built-in:生得の)と呼ぶものであることを明らかにしたのです。動物はもちろん学ぶのです。 彼らは多くを学びます。しかし、彼らが学ぶことさえ、小さな子猫たちがねずみに襲い掛かる仕方を学ぶように、彼らは成人猫がいったんそれをやって見せたと きにそれを学ぶのです。それで、学習でさえ生来の能力に基づいています。そしてもしあなたがある脳細胞を刺激するなら、あなたは大人猫などなしでとにかく 飛び跳ねるだろう。

But there's something very mysterious about animals: they behave. All the studies of ethology for a hundred years now have shown that the complexity of behavior is what they call "built-in. Animals learn, of course. They learn a lot. But even what they learn, like little kittens learn how to jump on mice, but they learn that when the adult cat demonstrates it once. So even learning is based on built-in capacities. And if you stimulate certain brain cells, you get the jumping anyway without any adult cat. And so forth.
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しかし、動物について、とても神秘に包まれたものがあるのです。彼らはふるまう行動する)。
But there's something bery mysterious about animals: they behave.
mysterious:「神秘的な,神秘に包まれた,不可思議な,などの」【ギリシャ語「秘密の儀式」】

100年にわたるエソロジーのあらゆる研究がいま、行動の複雑さは彼らが生来の("built-in:生得の)と呼ぶものであることを明らかにしたのです。
And all the studies of ethology for hundred years now have shown that the complexities of behavior is what they call "built-in.
エソロジーは動物行動学

そして動物はもちろん学ぶのです。
And animals learn of course.

彼らは多くを学びます。
They learn a lot.

しかし、彼らが学ぶことさえ、小さな子猫たちがねずみに襲い掛かる仕方を学ぶように、彼らは成人猫がいったんそれをやって見せたときにそれを学ぶのです。
But, even what they learn, like little kittens learn how to junp on mice, they learn that when the adult cat demonstrates it once.
Words: demonstrate論証する,説明する,実際にやってみせる」【ラテン語「はっきりと示す」】

それで、学習でさえ生来の能力に基づいています。
So, even learning is based on built-in capacities.

そしてもしあなたがある脳細胞を刺激したら、あなたは大人猫などなしでとにかく飛び跳ねるでしょう。(any adult cat, and so forth.)]
And if you stimulate certain brain cells, you get the jumping anyway without any adult cat. And so forth.
get the jumping:跳躍を理解する or 跳躍する? *and so forth 節 成句「…など」。
and so forth を理解しかねる。adult catに続けて読んだが、間違えているのかも知れない。

フォーカシング:身体は内側から語る 14 


追記:英文と和訳の順序を入れ替えた。それぞれのかたまりの間に空白を入れる。
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タイトルにドキュメントのリンクを追加した。09/05/28

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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
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Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html

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ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.


フォーカシング:身体は内側から語る その13

Gendlin: The next thing I want to say is that there has to be an understanding that we are not only human. We're also animals, and not only animals; we're also plants. We're tissue-process. And it's the tissue-process that has developed the capacity to be an animal. There are no animals without tissue-process.

ジェンドリン:次に私が言いたいことは、我々が人間であるだけではないという理解があるべきであるということです。我々は動物でもあり、そして動物であるだけではなく、我々は植物でもまたあるのです。我々は組織‐過程(tissue-process)です。そして動物である能力を高めたのが組織過程なのです。組織過程なくして動物はありません。

Gendlin: The next thing I want to say is (that) there has to be an understanding that we are not only human.
ジェンドリン:次に私が言いたいことは、我々が人間であるだけではないという理解があるべきであるということです。

We're also animals, and not only animals; we're also plants.
我々は動物でもあり、そして動物であるだけではなく、我々は植物でもまたあるのです。

*tissue:「(生理)組織」【古期フランス語「織られたもの」の意】

We're tissue-process.
我々は組織‐過程(tissue-process)です。

And it's the tissue-process that has developed the capacity to be an animal.
そして動物である能力を高めたのが組織過程なのです。

There is an animals without tissue-process.
組織過程なくして動物はありません。

フォーカシング:身体は内側から語る その13



[追記]音声ファイルの番号(10)

[追記2]和訳と英文の入れ替え、再構成。動画ファイルの追加。09・5.19(tue)

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原文の追加。09/05/28(thu)
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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
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Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
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ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.

2009年4月6日月曜日

フォーカシング:身体は内側から語る その12

ときどきあなた方はどこから言葉が生じるのかな、そしてそれらがどのように生じるのかなと思うはずです。(一般の)人々は十分に好奇心を持ちません。彼らは口を開くと言葉が出てくるのです。

[聴衆が笑う.]

ジェンドリン:どのようにしてでしょうか?(How is that?)

[笑い声と拍手.]

ジェ ンドリン:そしてそのときそれらが出てこないなら我々は何をするでしょうか?ええ、我々は「すみません、私はそれを意味していません。少し待ってくださ い。」と言います。そしてそのとき我々は何をするだろう?ええ、我々は待ち、望み、そしてそれからいくらかもっと言葉が出てきて、そして望みどおりにそれ らはうまくいく。

OK、それでそれらは私の二つのポイントであります。「ある」ものはなく、そして「からだ」もありません。

[聴衆から笑い声.]

Sometime you can wonder where your words come from, and how they come. People don't wonder enough. They open their mouth and the words come out.

[Audience laughs.]

Gendlin: How is that?

[Laughter and applause.]

Gendlin: And then if they don't come out, what do we do? Well, we say, "Excuse me, I don't mean that. Wait a second." And then what do we do? Well, we wait and hope and then some more words come out, and hopefully they are right.

OK, so those are my two points. No "is", and no "body."

[Laughter from audience.]

対訳:
ときどきあなた方はどこから言葉が生じるのかな、そしてそれらがどのように生じるのかなと思うはずです。
Sometime you can wonder where your words come from, and how they come.

(一般の)人々は十分に好奇心を持ちません。彼らは口を開くと言葉が出てくるのです。
People don't wonder enough. They open their open their mouth, and the words come out.

[聴衆が笑う]
[Audience laughs.]
Words: audience:単数形

ジェンドリン:どうしてでしょう
Gendlin: How is that?

[笑い声と拍手]
[laughter and applause.]

ジェンドリン:そしてそのときそれらが出てこないなら我々は何をするでしょうか?
Gendlin: And then if they don't come out, what do we do?

ええ、我々は「すみません、私はそれを意味していません。少し待ってください。」
Well, we say, "Ecuseme, I don't mean that. Wait a second."

そしてそのとき我々は何をするだろう?
And then what do we do?

ええ、我々は待ち、望み、そしてそのときいくらかもっと言葉が出てきて、そして望みどおりにそれらはうまくいく。
Well, we wait and hope and then some more words come out, and hopefully they are right.

OK、それでそれらは私の二つのポイントであります。「ある」ものはなく、そして「身体」もありません。
OK, so those are my two points. No "is", and no "body."

[聴衆から笑い声]
[laughter from audience]

フォーカシング:身体は内側から語る 12
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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
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Gendlin, E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside. [Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
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ユージン・T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.[ 第18回年次国際トラウマ会議,ボストン,MA において行われた講演の記録]..ニューヨーク:フォーカ シング研究所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
から.

フォーカシング:身体は内側から語る その11

それで、われわれは身体についてわれわれが持っている概念を、用い、尊重するのみならずまた変えることもしなければなりません。

So, we have to use, respect and also change/ the notion that we have of the body.

空間と時間を埋(うず)めるのは構造ではありません。

It's not a structure that fills space and time.

われわれはそれを、そんなふうに(that way)考える必要があります。だから、われわれはそれを分析することができますし、医学と化学と神経学(とあらゆるとても重要なもの)を持ちえるのです。そしてすべてはとても重要なものです。

We need to consider it that way, so we can analyze it and have medicine and chemistry and neurology, and all is very important things./

theseではなくisだとすると違った意味になる。ただ、どちらも、すっきりとした訳になっていないと感じる。(カッコ内がテキスト通りの訳。)

Words: ,so:[等位接続詞として]そこで、それで、…ので」

しかし身体は環境に、空間に、あなたがたが私がここに座っているのを見るようにただ「存在する」

ある構造ではありません。

But the body is not just a structure that just “is” in the environment, in space, (pause)like you see me sit here.

Words: like:接「…の(する)ように」

からだは、私が現われ出てここであなたに話しかけているところです。そしてそこでは私はずっと現れているのです。そしてそれ以外に、私の身体が、それからちょうど今そうであるようにあることはないでしょう。

The body is where I am out here talking to you, where I am all the way out there, without this, (gestures) my body wouldn't be the way it is right now.


Words: where:「[先行詞を含む関係副詞用法で]…するところ

もし私が一つの身体―環境統一体(unity)でないならば、そしてもし私が先へ(将来へ、~を)含んでいないならば、言葉は望み通りに生まれでないでしょう。

The words wouldn't come out right, if I weren't a body-environment unity, and if I weren't implying forward.

Grammer:仮定法で、If S weren't for~「~がないならば」という構文なのではないだろうか。

a body-environment unity

それで、私の言葉は生まれるのです。

So, my words come.

[追記]gendlin_trauma_2007 (8) audioを聞きながら間違いなどを訂正。数箇所。訳文も訂正した。2009・5・18

追記:Googleドキュメントで編集。タイトルをドキュメントにリンクした。09/06/02

フォーカシング:身体は内側から語る その11

2009年4月5日日曜日

フォーカシング:身体は内側から語る 10

So, no "is." Always "is-and-implies." And no "body." Always "body-and-environment." It's some next event in the body-environment interaction, in the body-environment unity. The next event that's implied is a . . . look at my hand. (Gene laughs) That's good enough there.(Gene and audience laugh) It's forward and it's out here.

それで、存在する(“is.”)ものはありません。いつも存在し‐かつ‐(~を)含んでいる。

So, no “is.” Always “is-and-implies.”

そして身体もありません。常に身体‐と‐環境です。

And no “body.” Always “body-and-environment.”

それは何か次に起こる事(some next event)です。身体‐環境の相互作用において、身体‐環境の協働(unity)において。

It's some next event, in the body-environment interaction, in the body-environment unity.

words: unity:(n.)【ラテン語‘one’】「単一(であること)、統一;一致(団結)、協同、結束」

それが含む次の出来事はひとつの・・・私の手を見てください。(ジーン笑う)それでもう十分です。(ジーンと聴衆笑う。)それは前進しています。そしてそれはここに現れ出ています。

The next event that's imply is a …look at my hand.

Words: imply:(vt.)<…>(必然的に)含む,伴う,含蓄する【ラテン語の「包み込むの意味」】」

Study:eventにかかっている関係代名詞節は'sが不要なのではないだろうか。さらに、その上でeventは可算名詞の単数形なので、implyが三人称単数形のsがつくのではないだろうか。(これは聞き取れない。)

(Gene laughs) That' good enough there.

Words: there:(adv.)「(談話・事件・動作などで)その点で、そこで」、Gene:「ジーン(男性名:Eugeneの愛称)」

(Gene and audience laugh) It's forward and it's out here.

Words: out:(adv.)「<ものが>現われ出て」

[追記]gendlin_trauma_2007 (7) ~06:05

フォーカシング:身体は内側から語る その10
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http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
http://www.focusing.org/gendlin/audio/gol_2235_audio.html
http://www.focusinglists.org/lecture/gendlin_trauma_2007.mp3
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Gendlin,
E.T. (2007, June). Focusing: The body speaks from the inside.
[Transcript of talk given at the 18th Annual International Trauma
Conference, Boston, MA]. New York: The Focusing Institute.. From
http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.html
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E・ T・ジェンドリン(2007年,6月).フォーカシング:からだは内側から語る.第18回年次国際トラウマ会議 心理(学)的トラウマ[心的外傷]:神経 科学、愛着と治療上の諸介入[治療的介入] において行われた講演.2007年6月20~23日、ボストン、MA.ニューヨーク:フォーカシング研究 所..http://www.focusing.org/gendlin/docs/gol_2235.htmlから

フォーカシング:身体は内側から語る 09

[追記]audioを聞きながら英文の校正をした。(ただし、校正自体は終わっていた。コメントを継ぎ足しただけ。)2009・5・18

追記:Googleドキュメントで編集。この記事も校正。09/06/02

So (what I...) my main point here is: there is no "is."/ It's always an is-and-implies[-ing I …ed]. Secondly, there is[there's] no "body"/ apart from the environment./ The body generates itself/ in the environment,/ out of environment./Between "environment" and "body," only human beings make a distinction.// And it's a very important distinction. And it helps us with science and chemistry and neurology, and// all those things that are very important and very helpful, and make things.// But living things/ are not made things, /made-out-of-parts-things. Living things are not made by a separation between us /and what we see/ or what we work on./ Living things are always already/ both body and environment.

gendlin_trauma_2007 (6)

記号: /:息継ぎ、[]:置き換え、():挿入、((pause):休符、)italic:強調

対訳。

So (what I...) my main point here is: there's no "is."

それで、私の主な論点はここにあるのです。何も「存在する」no “is”ことはない。

*implyは現在分詞(-ing)に聞こえ、その後にSV接が聞きとれる。それは他動詞の目的語というより、名詞としてのan is-and-implyingを修飾している形容詞節。*I ...edを聞き取れる人がいますか?

It's always an is-and-implies(-ing I …ed).

それは常に存在し、且つ含んでいるのです。

Secondly, there is no "body" apart from the environment.

次に、環境から離れて身体はありません。[環境から離れた身体はありません。]

The body generates itself in the environment, out of environment.

身体はその環境において、環境から、自身を生み出すのです。

*generateの語源はラテン語で「生み出す」の意味。生物学では「生む」、言語学では「生成する」。inに強勢(強調?)。

Between "environment" and "body," only human beings make a distinction.

「環境」と「身体」の間に、人間だけが、区別をつけるのです。

And it's a very important distinction. そしてそれはとても重要な区別です。

And it helps us with science and chemistry and neurology, and all those things that are very important and very helpful, and make things.

それはわれわれの科学や化学や神経学、そしてとても重要であり、とても有益な、そして物を作るあらゆることに役立つのです。

make a distinction [between ~]:〔…の間に〕区別をつける。前置詞句が文頭に置かれている。

But living things are not made things, made-out-of-parts-things.

しかし生きているものはものを組み立てたのではなく、部品‐から‐作られるのではありません。

Living things are not made by a separation between us and what we see or what we work on.

生き物はわれわれとわれわれが見るものやわれわれが働きかけるものとの間の分離によって作られるのではないのです。

Words: separation:「分離」

Living things are always already/ both body and environment.

生きているものはいつもすでに、身体環境の両方です。

フォーカシング:身体は内側から語る 09