「自己牢獄を超えて」にたくさん出てくる”Beyond Carl Rogers”という本に引かれて、著者の名前でGoogle検索してみた。動画がYoutubeで見られることはわかっていたけど、ブログからツイッター、Facebookまで出てきて興奮する。
当たり前といえば当たり前で、こうして勉強しようと思えば、(ネット上のリソースに限って言えば)無料で学ぶこともできる。しかし、こうした興奮は冷めて、私は継続してそれを探求していくかというとそうではないだろう。
自由だから、とらわれることなく、世界を見てみたい。私はアマチュアとして、いろいろな意味でプロフェッショナルな世界とは距離を置いていたい。何かに詳しいだけなのは専門何とかだ。だから私は抵抗を感じ、未成熟な心のまま、ふわふわと漂うのだろうか。
切ったら血が出る真人、妙好人、いや、「ただの人」として生きていく。
禅僧のように、いまいる場所で、重労働に身をやつし、清浄な食物を摂り、正しい精進をしていく。
(あ、これはいかんかも…。)
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下書きに入れてあったものを久しぶりに開いてみた。
さて、冒頭に戻って、「Beyond Carl Rogers」はAmazonに表示される順番から言って、売れている本ではないのかも。キャロラインに、フェイスブックで、「あなたの本を翻訳で読みました。私はこのテーマの本を読みたいと思っています。どうもありがとう。」という意味のメッセージを送ってみた。
彼女自身の本では、最新作の"Other-centerd Therapy"があるけど、まだ翻訳が出ていない、夫の本は日本語になっているけれども…というお返事をいただいた。私は「自己牢獄を超えて」を訳した人の写真を見て、坊主になろう、出家しようと思うほど惹きつけられてしまった。
だから、機会があったら「フィーリング・ブッダ」 なども読んでみたい。大須賀先生由来の「東洋の智慧とカウンセリングをつなぐ」というテーマは、ずっと関心を持っていたことのはずなのに、仏教心理学を標榜した本は殆ど読まずに来てしまった。
最近「仏教心理学会」のホームページを見つけてから、上記のテーマへの関心が再燃しつつあるが、いろいろ読んでいる本もあるので、仏教心理学に手を伸ばすのは先延ばしになるだろう。ただ、仏教関係の本はちらほら読みすすめている。今は、チベットの「死者の書」関連を調べている。
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